最近、日曜日の昼間の数時間、二人の学生さんによるWeb勉強会に楽しく乱入させてもらっています。
そこで質問というか、経済学101に翻訳されているビル・ミッチェルの文章「明示的財政ファイナンス(OMF)は財政政策に対するイデオロギー的な蔑視を払拭する」(2016年7月28日)における、次の箇所について説明してくれないかというリクエストをいただいたので、それをここでやってみます。
この個所ですね。
In the same way that Marx exposed the superficial exchange relations that overlay the production of surplus value and the essence of private profit, MMT exposes the notion of voluntary versus intrinsic constraints in a fiat currency system. No other Post Keynesian Theory writer had talked about that in the past. It is one of the ‘novel’ features of the MMT literature.
翻訳し直してみます。
マルクスが、表層的な交換関係に覆い隠される、剰余価値の生産及び私的利潤の本質を暴露したのとちょうど同じように、MMTは、不換紙幣システムにおける自発的な制約と内在的な制約の区別を暴露したというわけだ。ポストケインズ理論家でそのようなことを語った人は過去にいなかった。ここはMMTの研究の「斬新な」特徴の一つだ。
これならわかるのではないでしょうか?
ここを真に理解するためにはやはり資本論の議論を知っている必要があるわけですが、それってワタクシに言わせれば、「リカードが論じる、まるで中立的かのような利潤(率)」だったり「リカードが論じる、まるで中立的かのような価値」の話です。
マルクスは「ええと、それって労働から搾取した剰余価値のことですよね」とばかりに経済学の(リカードの)欺瞞を暴露した。
これを覆い隠していたのが「等価交換」という概念(notion)であったと。
ここで、剰余価値や私的利潤というのもまた notion です。
本質的な notion は剰余価値や私的利潤の方であり、等価交換という notion はそれを覆い隠す働きをしています。リカードの体系はこの後者の notion に立脚しているじゃないかと。
さて「財政制約」という、しばしば耳にする notion がありますね。
「今の財政状態が続けば債務残高が発散して我が国の財政は破綻してしまう」とか「国債が暴落してインフレになってしまう」というような。
いやいやそもそも国債の発行そのものが「自発的な制約」ではないですか。財政支出の制約は、支出する対象の方にあるのであり、それは「内在的な制約」であると。
まとめましょう。
- 本質的な notion
「剰余価値の生産」、「私的利潤」、「(財政における)自発的な制約」、「内在的な制約」 - 本質を覆い隠す notion
「等価交換」、「中立な利潤率」、「インフレや国際暴落をもたらす一般的財政制約」

