思いつくままに書く本シリーズですが、第8回になりました。
近況ですが、つい先日ワタクシにとっての大きな発見があったのですが、それはマルクスによる ”Entstehung und Wesen des Geldes(貨幣の起源と性質)” という文章を知ったことでした。
二年ほど前からワタクシはMMTと資本論は論理的に近い、あるいは、ほぼ同じだと考えるようになり、そのような論考を書くようになったわけですが、それってどちらかというとMMTに馴染んだ方々には比較的受容されるように感じる一方で、マルクスに馴染んで来られた方々にはなかなか受け入れてもらえない感がある。
それは何故かと考えると、歴史的に資本論という本に対してはさまざまな立場からの読解がなされてきた、つまり、読者はそれぞれにバイアスを持ってマルクスのテキストに取り組んできたことに原因を求めれられるように思われます。
しかし、中でもMMTに親和的な考えを表明されている石塚良次さんが「マルクス自身は、貨幣を金貨幣とみなしたうえで、労働価値説を適用し、貨幣の価値は産金労働によって決まる、というようなことを『資本論』に書いているので、そのテーゼを否定しないかぎりMMTと相容れないはず」と書かれたことはワタクシを当惑させました。
やや詳しくはroryさんのブログをご覧ください。
このとき眺めていたお二人のやりとりで、石塚さんが紹介されていたご自身の「経済学批判の構制と射程-『資本論』読解の可能性」という文章を拝読しても、どうしてそうなるのかがさっぱりわからない。むしろ石塚さんの観念論的な読解は、ワタクシからみてほとんど違和感がないのですね。
ただしかし、今回の議論の中でワタクシとしては石塚さんと自分の間にどのような違いがあるかがはっきりと分かった気がしているのです。
ズバリ申せば、それは石塚さんが「貨幣は関係である」というご理解にこだわろうとされる、そのことにあるのだと思います。
MMTの方は、ケルトンに影響を与えたインガムにズバリ "Money is a socilal relationship" という書籍がありますし、彼女自身2001年の論文でこの表現を使うのです。
が。。。
"we argue that money is a social relationship, specifically a debt relationship, that emerges with propertied, class society. "
(Hospitality versus Exchange: the Limits of Monetary Economies)
注目していただきたいのは後半、”that emerges with propertied, class society”、所有権のある階級社会とともに現れる関係であると言っている。
どうも石塚さんは、マルクスのテキストに「貨幣は関係である」という言葉がない、ということを気にされる。
そこでワタクシもマルクスの文章で「貨幣は○○」と書かれている箇所をいろいろ探すのですが、今回出会った”Entstehung und Wesen des Geldes(貨幣の起源と性質)” における下の文がぴったりだと思ったのです。
Das Geld ist das sachliche Medium, worein die Tauschwerte getaucht, eine ihrer allgemeinen Bestimmung entsprechende Gestalt erhalten.
(拙訳)貨幣は、交換価値を浸み込ませ、それ(交換価値)にその一般的な目的に応じた形を与える機能を果たしているザハリッヒな(=感覚的、人間的ではない)媒体である。
特にワタクシを感激させるのはこの文章は、マルクスがヘーゲル批判を完成させ、返す刀で経済学の研究(経済学という思想の吟味)を始めた最初の方のノートと書かれていたものだということです。この文章全体で提示されている考えは、そのままのちの資本論に引き継がれているとしか読めなくて。
貨幣が交換という関係によって生ずるものである以上、それは「関係」によって生まれる何かなのであり、貨幣が「関係」の一形態であることはマルクスにとってまったく自明なことだったはず。
さて、この ”Entstehung und Wesen des Geldes(貨幣の起源と性質)” という文章、これはちょうど資本論の論理と、モズラーの論理とを繋ぐ接着剤の役割を果たすものになっています。
法定通貨は、政府が税と支出によって交換価値を浸み込ませるザハリッヒな媒体なわけですから。
ワタクシは今後ライフワークというか趣味として、グラフや図や使った資本論第一部の精読をやっていこうと計画しています。
そのためにもこの文章は使えそう。最初にこちらを図解すればいいかもしれない。やってみようかしら。
