MMTについて、それを十分に理解する前に「批判的検討」という文章を書く人たちがいる。
- MMT(現代貨幣理論)の批判的検討
- 貨幣学説史からの現代貨幣理論(MMT)の批判的検討:マルクス派・ケインズ派の射程
- 現代貨幣理論(MMT)と金融の不安定性 : 一つの批判的検討 (特集 コロナ危機下の財政政策とMMT)
筆者は順に、野口旭日銀政策委員会審議委員(2019年07月、大学教授時代のブログ記事)、江原慶准教授(2021年度、科研テーマ)、二宮健史郎教授(2022年1月、論文)と、ジャンルはいろいろだけれども、どうも学者には「批判的検討」を取りたがる人たちがいますねということを指摘したい。
そしてこうした文章を読んで、わたくし nyun がいつも共通して思うのは「批判する以前に、MMTの主張をマジメに理解しようとしているのだろうか?」ということなのです。
これに関して友人のヘッドホン氏がこう言っていた。
批判的検討という言葉を使う人は,検討という大きな意味集合のサブカテゴリとして批判という言葉を理解している感じがしますね
検討という言葉が批判という言葉を包み込む感じ
ここでわたくしの頭に浮かんだのが、マルクス資本論の序文。
Sollte jedoch der deutsche Laser pharisäisch die Achseln zucken über die Zustände der englischen Industrie- und Ackerbauarbeiter oder sich optimistisch dabei beruhigen, daß in Deutschland die Sachen noch lange nicht so schlimm stehn, so muß ich ihm zurufen: De te fabula narratur! <Über dich wird hier berichtet!>
とはいえ,イギリスの工業労働者や農業労働者の状態を見てドイツの読者がパリサイ人のように顔をしかめたり,あるいは,ドイツではまだまだそんなに悪い状態にはなっていないということで楽天的に安心したりするとすれば,私は彼に向かって叫ばずにはいられない,ひとごとではないのだぞ! [De te fabula narratur!](マルクス『資本論』第一巻,S. 12)
De te fabula narratur!
これはデー・テー・ファーブラ・ナッラートゥル、と読むらしい。
ありがたいことに、こちらで専門家の山下太郎さんが解説して下さっています。
山下太郎のラテン語入門 >ラテン語格言 >De te fabula. 自分の話と受け止めよ
さらに山下さん、ありがたいことに鈴木一郎氏の「ホラティウス全集」から関連箇所を引用してくださっていました。
そう、これは古代ローマの詩人ホラティウスの言葉なのです。
以下は鈴木さんによるこの言葉の背景説明です。
ホラーティウスは、例に出したエピソードを聞いて笑い出した相手に、「なぜおまえは笑うのか?名前を替えれば、この話はおまえのことを語っているのに」と言います。他人ごとではない、自分についての物語が語られているのだぞ、というメッセージです。
ホラーティウスがふれたのは、地獄で永久に飢えと渇きに苦しめられる王の話です。目の前に食べたいもの、飲みたいものがあっても手が届かず、口にすることもできません。
神話の伝えるこの厳罰を通じ詩人が皮肉ったのは、話相手の貪欲な性根です。山のように積み上げられた穀物袋。でも、それは財産の一部なので、あなたは手で触れることも食べることもしない・・・。神話の王といっしょだ、というわけです。
詩人は言います。あなたの腹はわたしと同じ分量しか食べられないのだ、と。生きる上で必要な量はたかが知れており、それ以外は全部余分です。多くても少なくても何も違いはありません。むしろ多ければ多いほど、それを失わないかと心労が募るだけです。
マルクスの本(資本論)の内容と被りますね!
みんなが競争させられて、職にありついたとしても内発的な動機とは全く関係ない、特にやりたいわけでもない仕事に日中の時間を捧げて「資本」「GDP」という空虚な数字が積みあがる。
こんな風に、資本論は引用先を読みに行くのが醍醐味です。現代の日本人がまず知らなくても、当時のドイツの知識階級の人はホラーティウスの言葉を先に知っているのですから。
だからすぐに引用先を見に行けるような大きな図書館で読むのが本当は理想です。上記の「ホラティウス全集」がすぐに読めるような。
残念だな、いつか大きな図書館行きたいなと思っていたら、、、下のサイトを見てください!
これを見つけたわたくしはたまげました\(^o^)/
すばらしい、この文化資本\(^o^)/
quid rides? mutato nomine de te
fabula narratur. congestis undique saccis 70
indormis inhians et tamquam parcere sacris
cogeris aut pictis tamquam gaudere tabellis.
nescis quo valeat nummus, quem praebeat usum?
panis ematur, holus, vini sextarius; adde
quis humana sibi doleat natura negatis. 75
at vigilare metu exanimem noctesque diesque
formidare malos fures, incendia, servos,
ne te compilent fugientes, hoc iuvat? horum
semper ego optarim pauperrimus esse bonorum.
——あなたは何をお笑いですか?名前を変えて,あなたについて
話をしているのです.あなたは,あちこちに穀物袋を積み重ねては,
眠りもせず口を貪欲にあけ,そしてあたかも聖物のようにそれを大事大事にし,
あるいはあたかも絵画のようにそれを愛でる嵌めになっているのです.
あなたは,1銀貨にどれだけの価値があるのか,どんな用途があるのか知らないのですか?
パン,野菜,葡萄酒1セクスターリウスが買えますし,それに加えて,
それなくしては人間の性質上困るようなものも買えます.
一方,恐怖に眠らず不寝番して,夜昼なく
たちの悪い泥棒,火事,奴隷らが,あなたの物を
強奪して逃亡するんじゃないかと怯える,こういうことが楽しいのですか?
私なら,こんな財産にはずっと最大限に事欠いていることを望むでしょう.
「MMTを批判的に検討するよ」という人々は、MMTが論じている問題の深刻さをまるでわかっていない。恥ずかしくないんですね。だから偉くなるわけだけどさ。
不完全雇用を大々的に展開する一方で、集める必要はまったくない税や社会保険料を狂ったように集め、GPIFをはじめとした公的機関や企業や団体の赤字黒字に一喜一憂する癖に、あまつさえ金利を支払う政府(国債制度のことですよ)。
それって根本的におかしくないですか?という話の、どこをどう読んだら「批判的」な地平に立てるのだろう。
De te fabula narratur!
追記
(「批判」という言葉に関する追記をしました)