石塚さんが紹介なさっていた(らしい)この論文をざっと楽しく読みました。
通俗的信用創造論(所謂フィリップスの信用創造論)の批判的検討(井汲明夫)
下の図と引用は、全国銀行協会連合会調査部編『図説 わが国の銀行」財経詳報社1988. p.84.のものだとのことだけれど、こうした「通俗的信用創造論」が、もとのフィリップスの話と随分ちがうんじゃないの?というお話。
銀行の信用創造機能
銀行は資金供給者と資金需要者の間に立って単なる資金仲介を行うだ けではなく、信用創造を行う。銀行は取引先から現金や小切手を受け入れることによって預金を 創出するが,貸出をも行い、その貸出金を借手の口座に払い込む形で預金を創出する。普通,前 者を本源的預金,後者を派生的預金と呼んでいる。
預金は絶えず銀行から引き出されたり預け入れられたりするが,全体としてみると,その一定 割合はどこかの銀行に滞留している。この間の関係をより具体的に説明してみよう。
① いまある人が A 銀行に現金で100万円を預金したとする。② A銀行は支払準備分としてたとえば 10%にあたる10万円を残して90万円を企業Pに貸し出す。
③ 貸出を受けた企業Pはこの90万円を商品の代金として企業Qに支払う。企業Qは自分 この取引銀行であるB銀行にこれを預金する。
④ B銀行はこの中から10%の9万円を支払準備として除いて、残りの81万円を貸し出す。
⑤ こうして次々に預金から貸出を行っていくと,A,B,C......などの銀行全体では,最初 に預けられた100万円の現金をもとに、貸出によって900万円の預金通貨が創られ,預金総 額は1,000万円に拡張される。これを銀行の信用創造機能という。
以上は、現金が次々に動いてゆくこととして説明したが,実際に貸出をする時は現金を直接渡 すことは少なく,通常,借り手の当座預金に入金されるので、銀行が貸出をした分に等しい当座預金が増えることになる。銀行はこのようにして預金通貨を創り出すことにより企業間の取引を円滑にしている。
で、井汲さんは例えばこのように批判する。
このような信じ難い程に混乱した説明が全国銀行協会連合会の編集になる刊行物に長年定着していたということは、通説の信奉者がこうした混乱に全く気付かなかったからであろうが、ここに通説の特徴が見事に表されてる。つまり、理論的には「貸出金をあ借手の口座に払い込む形で預金を創造すること」は信用創造とは無関係であるにも拘わらず、この派生的預金の創出に対する未練が断ち切れずに曖昧な説明が頻出するのである...
でも、これってMMTに言わせれば次のようなことですよね。
- 前提: 所要準備率は10%。つまり銀行(団)は保有する無利子統合政府負債の10倍(1/0.1)まで自らの負債(預金)を発行できる。
- 個人Xが無利子統合政府負債を100持っていて、それを銀行(団)に渡して預金(銀行の負債)と両替した。
- 銀行(団)の持つ無利子統合政府負債が100ならば、預金(銀行の負債)の最大量は1000である。
以上。
こうするとポイントは無利子統合政府負債と所要準備率、そして銀行への規制という話なのだなということになっていく。
その無利子統合政府負債は、従来「本源的預金」というように呼ばれてきたというわけだ。
ところで、そのフィリップスも実は混乱している。
井汲さんいわく。
ところで、フィリップスは適切な言葉(terms)ではないとしんがらも第3章の「本源的および派生的預金の区分」で本源的預金と派生的預金を定義しているが、先に述べたようにこの定義は通説とは相当異なっている。
「本源的預金とは、一つの銀行への現金か、もしくは他の諸銀行宛てに振り出された小切手や手形(drafts)のように容易にそれに兌換され得ると等価物かの、現実の預入れ(actual lodgment)から生ずるものであって、貸出の返済に充てる目的をもってなされたものではない預金として定義できよう。派生的預金とは、貸出から直接に生じたもの、または貸出の返済に充てる目的をもって借受人によって積立てられるところの預金を意味する。」ここで本源的預金を現金の預入れから生ずるものとは限定してはおらず、「小切手や手形のような容易にそれ(現金)に兌換され得る等価物」の現実の預入れからも生ずるとしている点に注意する必要がある。
ここで、もしもX氏が持ってきたのが現金でなく、小切手や手形であるならばそれを統合性政府の無利子債務に両替してもらわないと準備預金に「使える」ものがないことになるからだ(それがたとえば政府小切手であればよい...てかそれは「現金」やね)。
いや、というより「統合性政府の無利子負債を保有する」ということが「準備預金を積む」ということに他ならない。
お分かりいただけるだろうか。
過去の人たちが思い悩んだ「本源的預金」なるものは、何のことはない、それに先立つ政府支出のときに誕生した、統合政府負債のことだったということになるわけ。
「あいつらは間違っていた」と糾弾するんじゃなくて、認識をアップデートすれば十分。「信用貨幣論者」の皆さんだって、モズラー登場までその本源たる政府支出にはたどりついていなかったわけでさ。
