以前ここでこんな小文を書いたことがありました。

 

 

 最近のわたくしの関心は、18世紀の経済学勃興期の議論にMMTの思考を見出すというところにあるわけですが、ひょんなことからこのような記述を見つけたのです。(こちら(『資本論』学習資料室から)

だから、「通貨」〔currency〕と「貨幣」〔money〕との、すなわち流通手段と貨幣との区別は、『諸国民の富』のうちには見られない。ヒュームとステユアートとを非常によく知っていたアダム・スミスの外見上の公平さに欺かれて、正直なマクラレンは、次のように述ぺている。「物価が通貨の量に依存するという理論は、それまでのところ注意をひかなかった。そしてスミス博士も、ロック氏と同じように」(ロックは彼の見解を変えている)「金属貨幣を商品にほかならないと考えている。」(マクラレン、前掲書、44ページ)〉

 

 これは経済学批判におけるマルクスの注記だそうで、なんかうれしくなってしまいます。

 

 経済のことを考えるときには、この程度にはいま自分が論じているのが「貨幣(money)」なのか「通貨(currency)」なのかは常にちゃんと意識すべきだし、金ぴか本のように翻訳をめっちゃくっちゃに取り違えるとか、ちょっと考えらない事態なんですね。

 

 さて、この資本論の注78(原文)はとても興味深いものがあります。上の『資本論』学習資料室さんによって、『経済学批判』の記述にも導かれたのですが、マルクスはスチュワートを次のように評価しています。

 

彼は流通する貨幣の量が商品価格によって規定されるのか、それとも商品価格が流通する貨幣の量によって規定されるのか、という問題を提起した最初の人である。

 

 もちろん、答えはこうですね(笑)

 

 〇「流通する貨幣の量が商品価格によって規定される」

 ×「商品価格が流通する貨幣の量によって規定される」

 

 さて、わたくし18世紀の議論に関心があると書きましたが、スチュワートについてはマルクスの経済学批判と剰余価値学説史における分析で十分だと思うんですよね。資料は「経済学原理(An inquiry into the principles of political economy)」だけですし、それはマルクスがすっかりちゃんと読み解いている。

 

 上の引用箇所をもう少し前後に広げましょう。

サー・ジェームズ・ステユアートは、鋳貨と貨幣についての彼の研究をヒュームとモンテスキューとの詳細な批判から始めている。じっさい、彼は流通する貨幣の量が商品価格によって規定されるのか、それとも商品価格が流通する貨幣の量によって規定されるのか、という問題を提起した最初の人である。彼の説明は、価値の尺度についての空想的な見解と、交換価値一般についての動揺した叙述と、重商主義の名ごりとによってくもらされていはするが、それでも彼は、貨幣の本質的な諸形態規定性と貨幣流通の一般的法則とを発見している。それは彼が、機械的に一方の側に諸商品を、他方の側に貨幣をおくことなく、事実に則して商品交換自体のさまざまな契機からさまざまな機能を展開しているからである。

 マルクスの眼には、スチュワートにおいては価値という言葉が揺らいで見えるのですね。

 

 だから猫ともさんの企(↓)ては、マルクスを抜きにスチュワートのテキストに依拠するならそれほど深いものはできないと思うけどなー。

 

 

 対してスミスの先行者としてのもう一方の雄であるケネーはどうかというと、その著作が流通していなかったためにマルクスもその思想の全貌をどうやら掴むことができておらず、後に発見されるなどしてマルクスが触れることができなかったと考えられるケネーの文章たちの思考でもって全体像を補うことによって、その評価を考え直すことができるんじゃね?というわけ。

 

 もちろんケネーは「商品価格が流通する貨幣の量によって規定される」などと夢にも思っていないどころか、彼に従えば、むしろそうした考えこそが間違いの元じゃんということにちゃんとなる。

 

 というわけで「流通する貨幣の量が商品価格によって規定される」という18世紀から存在していた考え方は、「内生的貨幣供給論」とかホリセンタリスト(水平主義者)のビューを完全に先取りしていたのだから、そうしたポストケインジアンの思考ってわたくしちっとも面白いとも有意義だとも思えません。

 

 「金融政策(もしくは金利操作)によって貨幣量は決まらない!」とか、あったりまえのことをウダウダ言っていないで「貨幣量は支出価格に追随するじゃん!」とスパッと本質を突いてから思考を展開すればよろしくない?

 

 というわけで、マルクス + ケネーというかんじで皆さんもいかが?(笑