貨幣のオントロジー編の第三回。

 

人はよく「貨幣は交換の媒体である」と言います。

それはそうなのだけど、ここでこう考えてみます。

 

対等な交換を成り立たせるもののことを私たちは貨幣(マネー)と言っているのではないか?、というわけ。

 

AさんとBさんが交換をしました。

 

A exchanged X for Y.

(AさんはXをYに交換)

B exchanged Y for X.

(BさんはYをXに交換)

 

これを交換の一般形式と呼ぶとしましょう。

 

ポイントとして、XとYは等価とは限らないということがあります。

XやYにはゼロが代入されることすらあって、「AさんはBさんにXを贈与した」もしくは「BさんはAさんからXを強奪した」ような場合はYがゼロの場合だというわけ。

 

太古の昔から、われわれ人間社会の一人一人は、周りの他者たちと贈与でも強奪でもない「対等」な関係を築いてきたはずです。

 

ここでその具体的なありようを考えてみると、XとY、たとえばある魚とある果物が同じ価値であることはむしろ滅多にないはずです。

 

してみると、ほとんどの場合、Aさんが得をする(=Bさんが損をする)か、反対にBさんが得をする(=Aさんが損をする)状況が生まれていたということになる。

 

そしてここからが大事なのですが、得した側の内心に「借りができた」という感情が生まれます。これは損した側の内心に「貸しができた」という感情が生まれるということでもある。

 

それはいつか、反対の「恩を返す」ような取引で解消されることになります。ここでもちょうどぴったり解消することはなかなかむつかしいと思われます。

 

ところで、この貸し借り関係は、AさんBさんとは別の、Cさんという第三者に展開され解消されることがありますね。


たとえば、AさんはBさんに借りがあってCさんに貸しがあるという状況で、ある日AさんはBさんがピンチに陥ったことを知り、そこでAさんは貸しがあるCさんにBさんの救済を依頼し、Cさんはそれを実行することによって、三者間の貸し借りはいったん解消される、というような。

 

図にするとこんな感じです。

 

 

このような話を以前、別ブログで論じてみたことがありました。

 

 

 

 

 

貨幣、マネーとは何かというテーマに立ち戻ると、それは、ある何らかの存在(エンティティ)と別の存在(エンティティ)との間の貸借関係、つまり二者の関係に帰着されると言える、言うべきとワタクシは見ます。

 

あなたが持っている紙幣は、あなたという存在と日銀という存在の貸借関係の表現。

あなたの銀行預金は、あなたと銀行の貸借関係の表現。

モズラーの名刺は、親子の貸借関係の表現。

ペイペイは、あなたとPayPay株式会社との貸借関係の表現。

 

上の「対話」ではおおざっぱに語ったことを、本シリーズはもうちょっと厳密に書いてみるつもりです。