ジャン=リュック・ゴダール監督、死す。 | 映画とネコと、私の好きなもの。

ジャン=リュック・ゴダール監督、死す。

ゴダールが亡くなったという。

91歳。

 

60年代のイメージだと

50代ぐらいで早死にしそうなイメージがあったが、、、

 

ヌーベルヴァーグの監督の中で、

いちばん、長生きしたのではないだろうか。

 

ゴダールは、

私の青春に欠かせない人物だった。

 

高校生のときに、

「気狂いピエロ」(1965)を見に行った。

 

場所は、日劇アートシアター。

 

 

「勝手にしやがれ」(60)は、

リアルタイムでは見てなくて、

後になって、テレビで見たと思う。

 

 

「気狂いピエロ」は、

描いている内容は、

難しすぎて理解できなかったにも関わらず、

ベルモンドも、アンナ・カリーナも、

めちゃくちゃ

クールでカッコよくて

(当時はそんな表現てなかったかも)

 

何より、大人な雰囲気とオシャレなムードに

完全魅了された。

 

ゴダール監督ってすごいなと、ひたすら、思った。

 

以来、彼のことを映画雑誌で、むさぼるように読み、

なんか、

わかった気になっていた。

 

その後、

「男性・女性」(65)

「アルファヴィル」(同)

「彼女について私が知ってる二、三の事柄」(66)

「ベトナムから遠く離れて」(67)

「中国女」(同)

「ウイークエンド」(同)

 

と、立て続けに見た記憶がある。

 

特に、「中国女」と「ウイークエンド」は

新宿文化で、確か、レイトショーでしか上映しなかったんじゃなかったか。

(うろ覚えです、、どちらか1作だったかも)

 

夜、隣に住む再従姉妹(ハトコ)と一緒に見に行って、

帰りは、叔父が車で迎えに来てくれたのだった。

 

 

あの頃、

ヌーベルヴァーグが文字通り熱い波として世界中を席巻していた頃、

 

その中心にいたのが、

ゴダールやトリュフォーだった。

 

まだ未熟だった私は、

イメージでしか彼らの作品を捉えることができなかったと思うが、

アメリカ映画とは全く違うスタイルを持つ、作品群に

わけもなく魅了されていた。

 

その色彩感覚とか、

映像の捉え方とか、男と女の描写とか、

ちゃんと理解できなくても、

なんか、すごい、と感じていた。

 

当時は、彼らの名前を知っていること、

彼らの映画を見に行くことが、

最先端のファッションみたいなところがあった。

 

忘れもしないが、昔、

ソニービルから三愛に至る道路の中間ぐらいに、

(どちらも、今はもうない)

洋書屋があって。

 

銀座や日比谷で映画を見た後、

再従姉妹や学校の友人たちと

よく立ち寄ったものだった。

 

たかが、高校生で、

英語もまだよくわからないのに、

アチラの映画雑誌を探しては、

ワイワイ言っていた。

(立ち読みオンリーの迷惑な客だったに違いないが)

そこで、あるとき、

「カイエ・デュ・シネマ」を見つけたときの喜びといったら!

 

フランス語だから、余計にわからない。

 

なのに、

ああ、ここにゴダールやトリュフォーの空気がある!

 

って、訳もなく嬉しくなったのだった。

 

いやあ〜

 

今、思い出すと、なんか、恥ずかしい。

 

なんて、無邪気な時代だったことでしょう!

 

 

そんな、私の青春時代を彩ってくれたゴダール監督、でした。

 

 

今は、

アンナ・カリーナも、アンヌ・ヴィアゼムスキーも、

そして、

ベルモンドやジーン・セバーグも、この世になく。。。

 

 

あちらの世界で、再会を喜んでいるでしょうか。。。

 

R.I.P.

 

 

ご冥福を祈ります。