「映像の世紀プレミアム」で、懐かしの東京の日々。
昨日の「映像の世紀プレミアム」は、
「東京 愛と幻想の1964年」。
もう、どの映像も懐かしすぎて、涙出てきます。
1964年といえば、
私、中学2年生。
そんな秋に開催された東京オリンピック。
朝から晩まで、
学校に行っている時間以外は、
興味のある種目はずっと見ていた記憶が。
特に、
マラソン、水泳、バレーボール、
そして、棒高跳び。
今回の映像の世紀プレミアムでは、
このオリンピックに間に合わせるために、
東京で日夜突貫工事が行われ、
古い町並みは姿を消し、
首都高速が走り、
新幹線が走り、
まさに近代都市へと様変わりしていった様子がよく描かれている。
へえ、こういうことだったのね〜
と、当時を生きていたとはいえ、
そういう目で時代を眺めていたわけではないので、
逆に新鮮に映って、
すべてが興味深い。
さらに、それらの変貌ぶりに対して、
当時活躍していた作家たちが残した文章も紹介する。
野坂昭如、開高健、小林秀雄、
山口瞳、杉本苑子、石川達三、ほか、
錚々たる人々の、時代を写す言葉の数々にも注目。
野坂昭如は、青山の街並みが変わっていたことに関して言及していた。
「青山南町がすべて失われた、、、」という彼の言葉に、
あの頃の記憶が蘇った。
私は高樹町に住んでいたが、
青南小学校の裏側に、南町幼稚園、別名、田中幼稚園、
というのがあった記憶がある。
あのあたりが、南町だったのだと解釈しているけど。
余計だけど、その近くには、中村錦之助の邸宅もあったはず。
また、その辺りは、以前は、
「楡家の人々」(北杜夫)に登場する精神病院があった、とも言われていた。
なんでそういうことを覚えているかというと、
そこ一帯が、私たち子供のサイクリングコースだったから。
よく、おやつを紙で包んでは、
それを自転車のカゴに入れて、4、5人ぐらいの仲良しグループで遊んでいた。
↓番組の中で映し出された青山あたり。
これって、今の骨董通り、かなあ。都電が走っているしね。
↓これは、広くなった後の表参道の交差点ですね。
左側に見える「週刊新潮」のボード。よく覚えてます。
ここは本屋さんで、何度もここで立ち読みしたなあ。
今でいうと、表参道の交番があるところ、ですかね。
この年、
7月、8月には、雨が降らず、
「東京砂漠」と言われたとか。
どこも給水制限で、
水を運ぶ車があちこちを回った。
しかし、私の中には、この記憶、全くなし。
当時、中野に住んでいたが、
我が家のエリアはどうだったんだろう。
また、当時は「売血」が日常的に行われていた事実も出てくる。
そういえば、
五木寛之がエッセイでよく書いてました。
血を売ってお金に代えていた、
そういう貧乏学生が多い時代でもあった。
首都高も、新幹線も、
オリンピック開始前ギリギリで開通する。
そして、歴史的な祭典が始まった。
映像は、その頃の国民の熱狂ぶりを伝える。
街頭テレビに集まる人々。
そう、この頃は、街頭テレビ、いっぱいあったわ。
そんな中、
私が、懐かしさに涙腺決壊しそうになったのが、
代々木の選手村となった
旧ワシントンハイツだった〜!![]()
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このワシントンハイツ、
実際に覚えている人、
今ではどれぐらいだろうか。
渋谷のど真ん中に、アメリカがあったのですよ。
私は、小学4年生から、毎日、
杉並の方南町から渋谷行きのバスに乗って
広尾にある学校に通っていた。
その行き帰り、
今の渋谷西武のA館とB館の間の道を通り、
東急ハンズに向かう道(井の頭通りですかね?)を行くと、
当時は、右側にワシントンハイツの一郭が見えて、
ふっと、そこだけアメリカの空気が漂い、
夢のような白いお家とかが、
ちょっとだけ眺められるのだった。
テレビや映画でアメリカに憧れていた私にとって、
それは、毎日の「ちょっとしたお楽しみ」になっていて、
通学の行き帰りが、ちょっと嬉しくもあった。
その頃の思い出が、
昨日のあの映像で走馬灯のように、蘇ってきて、、、
ワシントンハイツは、駐留アメリカ軍の家族が住んでおり、
そこだけ、まさにミニアメリカのようになっていた場所。
オリンピックに合わせ、
日本に返還された後、そこが選手村となり、
オリンピック後は、
今のNHK放送センターなどが作られた。
↓
選手たちが散歩している映像なども出てきました。
いやあ、ほんとにすべてが懐かしい。
でも、57年の歳月の重みというか、
時代が全然違っていたんだなあ、というのも、今更にして感じる。
一番感じたのは、人の話し方だった。
その頃の、一般の人の肉声とかも収録されているが、
話し方が、今と違うんですね。
なんだろう、別にふつうに標準語なんだけど、、、
抑揚が違う、といったらいいのか。
長い一文に、メリハリがない、
と言ったら、いいのか。
今の人たちの話し方とは本当に違う。
ここは、ある意味、ショックでもあった。
歴史って、こうやって流れていくのか、というね。
多分、英語でもそれは同じだと思うが。
たかだか、50年ちょっとでも、
人間の生活様式は、
言葉から服装から、すべて違っていて、
まあ、あの頃から考えたら、
今はファッションも多様になったし、
全体的に、国民が洗練されてきていることは事実だと思うが。。。
そんな、あらゆることを考えさせられ、
またも意義深い、映像の世紀でした〜
(しっかし、
円谷幸吉の姿に、
あのテーマ音楽が重なるかなと予想していたら本当にそうなって、
予想していたように涙止まらなくなって、、、困りました)



