「ノマドランド」、魂を刺激する映画体験。
今年初、にして、何ヶ月ぶりか。
の映画。
「ミナリ」と「ノマドランド」と、
どっちから見ようか迷ったけど、
「ミナリ」は時間が合わず、
「ノマドランド」に。
これが、、、、、
予想以上に素晴らしく、
言葉では言い尽くせない、作品だった。。。
以下、ネタバレ、というか、、
思いを綴っております。
ノマドとは、車上生活者、流浪の民。
様々な理由(多くはリーマンショック)で職や家を失い、
キャンピングカーなどにわずかな必需品を詰め込んで
(パソコン、あるいはスマホは必須)
全米を移動する。
そして、要所要所で、短期アルバイトをしながら、
生活を繋いでいる。
アマゾン社は、クリスマスシーズンの箱詰め作業などに彼らを雇う。
その間、彼らの車も会社が契約した駐車場に自由に止められるらしい。
そのほか、
レストランや、国立公園などでも雇ってもらえる。
そうしたノマドたちの実態を取材した原作ルポルタージュに、
フランシス・マクドーマンドが惚れ込み、
映画化を企画。
監督にアジア系女性のクロエ・ジャオを抜擢した。
役者は、
フランシスと、デビッド・ストラザーン以外、
ほとんどが、本物のノマドたち。
とにかく、観て圧倒されるばかり。
もう、
この108分に充満されたエネルギーの凄さ、と言ったら。。。
静かだけど、
実に濃密で内に熱さを秘めていて、
一瞬も目が離せない。
ここまでの映画力を湛えた作品、
なかなか、出会えるものではない!
映画は、本当に静かに始まる。
夫を亡くし、夫の会社も倒産。
住む町も、郵便番号まで廃止されて町としての機能を失い、
車上生活を選んだファーン(マクドーマンド)は旅に出る。
特別に劇的なことは起こらず、
ノマドとなって生き始めた彼女の視点で展開していく。
多くのノマドたちと触れ合い、会話し、
時には、コミュニティーの集まりで時間を共有し、助け合う。
ノマド1人1人がそれぞれの人生を語る。
その言葉の一つ一つが、胸に迫ってくる。
本物の人生の重みに、涙が溢れてくる。
言葉はさりげなくても、
そこで語られる過去、彼らの物語は、どれも想像を超えた壮絶さだ。
季節は、クリスマスの頃から、雪多き冬を越え、
やがて春から夏へーー
そして、再び、寒く厳しい冬へと巡っていく。
アメリカ大陸の様々な場所での季節が映し出され、
それとともに、
私たちはファーンの人生を見つめ続ける傍観者ではなくて、
さらに深く、
彼女の人生に同化していく気分を体験する。
我々も、そこに一緒にいるような、
ノマドになったような、、、。
ノマド仲間のデイブ(ストラザーン)という男性と親しくなるが、
ファーンは必要以上に彼と親しくなるまいとしている感じもある。
唯一、ドラマらしい展開があるのは、彼とのパート。
デイブは、その後、息子夫婦との同居を選び、車上生活に別れを告げる。
その彼を訪ねた時、
一緒にここで暮らさないかと誘われるも、、、
結局、そこを去っていくファーン。
彼女がその後で、
海に面した断崖で、風と波のしぶきを浴びながら、
何か吹っ切れたような笑顔でいる場面、
とても印象的だった。
家と、家族と、その暖かいホームの居心地でなく、
大自然と一体となり、
大自然と同化しながら、
生きていくこと。
それは、本当に厳しい生きる道に違いない。
でも、そんな生活を一度知ってしまったら、
人間として、完全に違う世界に入ってしまうのかもしれない。
物も財産も地位もない、
でも、彼らは、
全てを超越した、
本当の自由を手にしているのだ。
これは、何物にも代えがたい、
すごいことではないだろうか。
もちろん、それを維持していくためには、
鉄のメンタルも必要。
究極の孤独と向き合い、
それに負けないという強靭な意志がなくては。
ファーンは精神力が強靭な女性だと思うが、
そんな彼女でも、
夫や家族との思い出の写真を眺めながら、涙する場面もあるし、
(彼女は今までの愛の想い出を生きる支えにして自分を鼓舞しているんだと思う)
灯りもない中で、
美味しくもなさそうな食事を食べている場面など、
観ていて堪らなくなる場面も。
それでもーー
ノマドたちの精神の気高さ、というのだろうか。
ファーンも含め、
人間として、知性にあふれ、教養も深い人たち。
彼らの潔い生きざまが、
どんどん、我々の心の中に浸透してきて、
感動、というより
もっと強烈な感情で私たちを揺さぶる。
映画の中のノマドたち、
ほとんどが、60代以上の高齢者たち。
基礎疾患のある人たちも多い。
医療制度がバカ高いアメリカでは、
病気になることは、命を失うのと等しいぐらいに怖い。
それでも、
入院して手術を受けるデイブの姿も出てきて、
こういう人たちのための免除制度みたいのがあるのかなとも思った。
映画は、
ファーンが、以前に住んでいたエンパイアという町に戻り、
かつて暮らした家を訪れ、倉庫に預けていた家財の全てを処分し、
また、
ノマドとして旅生活に出ていくところでエンドマークとなる。
でも、
映画は、これで終わるのではない。
これは、
私たちに向けられた映画だ。
では、私の人生は?
私は意味のある人生を送っているだろうか?
それは、強制的に作り手から問いかけられるのなく、
自然発生的に、
観ている私たちの内側から、突き上げてくる。
ノマドたちの人生を一緒に体験して、
では、私たちの今の人生は、何だろう。と。
物欲、金銭欲、名誉欲、権力欲、その他、
世のしがらみとともに生きている、
私もその1人。
車を手放したことで、今になってそのショックの波が押し寄せて、
ともすると、寂しい気分になったりする。
この映画を見ていると、そんな私の気分なんて、甘い、甘い、と思う。
また、コロナ禍という特殊な状況に合って、
誰もが、今まで経験したことのない状況、
「個」「孤」と向き合っているからこそ、
このノマドたちの生き方に、
自分を重ねてしまう人もいるかもしれない。
映画を見終わっても、それで終わらずに
我々に向けたメッセージが、生き続け、
思いがどんどん溢れてくる映画。
久しぶりに、
魂にまで響いてきて、
そして、心が洗われるような、
稀に見る、貴重な映画体験だったーーーー
この映画は、映画賞をも超越した高みにいるので、
もう、
オスカーをとったから、どう、
ということもないけど、
フランシス・マクドーマンド以外の人が演じていたら、
ここまでリアリティが出たか、
ということもあり、
絶対に、彼女に、三度めのオスカーをあげたいと思う。
(私は彼女の「ファーゴ」が生涯ベストの中に入れるほど好きで、とにかく、現代最高の女優です!)
↓
ちなみに、これが原作です。アマゾンに注文します!
ところでーー
映画を観た後に、ネットでこの映画に関して調べていて、
ノマドになぜ、白人が多いのか、という興味深い記事を発見しました。
それは、白人ならば、路上駐車していても、
警官に取り締まりを受けたり、暴徒に襲われる率が低いから、らしい。
逆に言えば、黒人が車上生活者として生きたくても、
不審者扱いされてしまい、警官や暴漢に狙われるリスクも高い。
なので、家のない黒人たちは、シェルターや教会などに身を寄せるという。
(それで、ウィル・スミス主演「幸せのちから」を思い出しましたけど)
こんな、底辺のところでも、人種の壁、というか、そういう問題があるのか、、
ということも、新しい発見だった。
ちなみに、
この映画、パンフレットが販売されていない。
パンフを作ってないというのが信じられない

配給は、フォックスを傘下に置くディズニー。
こんなに素晴らしい作品のパンフがないなんて、
一体、何故でしょう?
ヒットしないから?
採算が見込めないから?



