シャネーネ、18年の歴史。 | 映画とネコと、私の好きなもの。

シャネーネ、18年の歴史。

 

シャネーネは、

2002年5月頃、

アメリカはカリフォルニア州、

サンタモニカあたりの野良猫として生まれたようです。

 

次女と出会ったのは、

その8月。

サンタモニカ市役所の里親募集のイベントで。

 

どういう調査かわかりませんが、

 

その時、

既に、彼女は2度も捨てられた、という記録があったとかガーン

 

出生時の不幸な境遇のトラウマか、

 

そのイベントでも、

ケージの中で、1人、後ろを向いたまま、

周りを拒絶するような

近づきがたい空気をいっぱい発散させて

クールに横たわっていたそう。プンプン

 

一所懸命、お愛想ふりまいたり、

甘えた声を出すネコちゃんもいっぱいいる中、

誰からも見向きもされない、

シャネーネのその態度が、

次女にとっては、とてもインパクトが強くて、

媚びない態度が大いに気に入り、

即座に、彼女にすると決めたんですと。

 
 
こうして、
次女とPトが住むサンタモニカの家で暮らし始めたシャネーネ。
 
 
「シャネーネ」という名前は、
黒人に多い名前のよう。
 
というのも、
 
その頃、私が英会話を習っていた黒人教師のモーリスが、
その名前を聞いた途端、
メチャ受けて、
「What?Oh,my goodness!爆  笑
と笑い出したぐらいですから。
 
 
で、順調に次女に懐いていったかというと、
 
2度ほど、家から脱走しちゃったこともあり、
 
まあ、色々ありながら、
 
それでも、
少しづつ心を開いていったのかな。
寝るときは、
彼らの布団の中に潜り込んでくるって、言ってましたから。
 

 

 

次女たちが結婚して、
そのウエディングパーティーが開かれた際には、
全米からPトの家族や友人たち、
そして、私たち日本の家族も
サンタモニカで大集合!
結婚前夜には、
彼らの家で賑やかにホームパーティーが開催されました。
その時も、
もちろん、シャネーネは家にいたけど、
どこにいたのか、
記憶にありません。
基本的に人と混じり合うことが大嫌いで、
無愛想だから、
部屋の奥のベッドの下にでも潜んでいたんでしょう。
 
 
私も年に一度は彼らを訪れていたけど、
 
私に全く心を開かず、
私は私で、
その頃は、シャネーネにあまり興味なかったのでした。。。爆  笑
 
 
その後、サンタモニカから2時間ぐらいの
ベイカーズフィールドにお引越し。
 
 
 
 
そこで、私の初孫になるQ姫が生まれました。
 
姫が生まれてからは、色々と逸話がありまして〜ー
 
後からやってきた小さな生き物にイジワルするかと思いきや、
 
シャネーネの母性本能が、ここで開花ラブ爆  笑ドキドキドキドキ
 
姫がベッドに寝ている時は、
いつも、その部屋の前に陣取って、
まるで、ボディガードのような態度。
いつも、姫を見守っていたといいます。
一度など、

次女が姫をお風呂に入れている時に、

姫が大声で泣いたら、
次女が姫に何かした
と思ったか、
咄嗟にシャネは次女に襲いかかったというのですガーン爆  笑爆  笑爆  笑
 
 
 
 
 
やがてーー
 
日本に移住することを決心した次女一家。
 
当然、シャネーネも移住、な訳だけど、
 
シャネーネにしてみれば、いい迷惑だったでしょうね。
 
だって、車での移動すら苦手なネコが、
飛行機に乗る、って。。。。。。ガーンガーンガーン
 
しかも、
体重を4キロ台にすれば、客室に入れられる、
と聞いた次女、
猛然とシャネにダイエットを開始して。。。。
 
でもって、
晴れて、ダイエットに成功し、
 
シャネーネはベイカーからLAまで車で2時間、
飛行機で日本まで10時間、
さらに、成田からココまで車で2時間、
 
という過酷極まりない旅を経て、
 
日本にやってきたというわけです〜〜〜〜笑い泣き笑い泣き笑い泣き
 
 
 
ホント、ここまででも、
お疲れさま、ご苦労様、よね〜〜〜〜
 
 
ところが、
 
それから4年。
 
次女一家は、家族が4人に増え、
将来の事を真剣に考えた結果、
やはり、アメリカに帰る、
と決意。
 
じゃあ、また、シャネをダイエットさせるのか、
となった時、
 
もう、彼女の年齢、、、12歳になってたかしら、
を考えても、
あまり過酷なことはできないし、、、
 
ママが引き受けてくれない?
 
ということに相成りまして、、、、
 
私が、シャネを養子にすることに。
 
まあ、シャネも、これで3度も飼い主が変わる、
という数奇な運命だったけど〜〜
 
 
2013年3月に次女一家と同居を始め、
同時に、ネコ2匹の生活もスタート。
 
その頃のことは、私の昔のブログをチェックしてくださいませーー
 
 

https://ameblo.jp/ericfigaro/entry-11501365777.html

 

 

 

 

 

 

そんなわけで、

ネコ2匹が同居するという、

 

シャネはもちろん、クッチャンにも

「えー聞いてないよ〜」

という事態となり、

 

でも、上のブログを振り返るに、

 

クッチャンのしつこいアプローチは、

その時から始まっていたんだなあと。。

 

追うクッチャン、
「シャー」と威嚇するシャネーネ。
その関係性は、ずっと続きました。
 
でも、険悪な仲かというと、
そうでない時もあり。。。

 

クッチャンが、姫や生まれたばかりの王子にちょっかいを出しまくるので、

一時的にドアを閉めて、廊下に追いやられたりすると、

途端に、シャネーネが鳴き声をあげて、抗議するのです。

これ、毎回でした。

なんで、彼を追い出したのよ〜、って文句を言うわけで。

 

 

誠にもって、不思議な仲だったけど、

 

うざいけど、いて当たり前、いないと寂しい。

そんな、長年連れ添った夫婦みたいな、

お似合いの相性だったのかも。

 

この7月にクッチャンが亡くなるときも、

シャネーネは、時々、クッチャンのところにやってくて、、、

 

亡くなったことも、

静かに、理解して受け止めていたと思います。

 

 

 

クッチャンがいなくなってから、

この三ヶ月は、

振り返ってみれば、私とシャネーネの蜜月だったと言えます。

 

クッチャンがいた時は、

あまり愛情が偏らないよう、

平等を心がけてましたけど、

もう、2人っきりなので、遠慮する必要もない。

 

初めて、シャネーネを抱っこしました。

それまでは、抱っこすると嫌がっていたのです。

すぐひっ掻くし、ガブリと噛まれたり、

そういう凶暴性を秘めていた子だったけど、

抱っこされて、私に精一杯甘えてました。

 

 

それ以前から、

テレビを見ている私のところにやってきて、

私の膝の上に乗って、寝てしまうーー

これは、クッチャンがいた頃からのクセでした。

 

私も、心からシャネーネを愛していたし、

彼女も、完全に私に心を許していたと思います。

 

 

一度もお医者さんにかかることなく、

体調が悪くなっても、自力で治しちゃう、

ストリートキャット出身の

サバイバル能力で、この年まで頑張ってきてくれたシャネーネ。

 

ここ最近は、

体力落ちたよなあ、という思いはありましたが、、、

 

私が軽井沢から戻ったその翌日から具合が悪くなって、

そしてーー、

この前の火曜日、

クッチャンの後を追うように、

静かに旅立ってしまいました。

 

今年は、コロナで異常な年になりましたが、

私にとっては、

愛ネコを2人とも、看取る、

という辛い年にもなってしまいました。

 

 

それでも、

彼らが示してくれた、人生の生き方、というのは、

もう、言葉で言い尽くせないぐらいに、

深くて、大人で、教えられることがいっぱいでした。

 

愚痴一つ言わず、

決して、後ろ向きにならず、

静かに、与えられた生を全うする、

死ぬときも、静かにそれを受け止めて、

息が止まるその瞬間まで、

諦めたりせず、

しっかりと生きる。

 

人間の数十倍も、大人で、完成されていて、

本当に、

尊敬するしかない、

立派な生きものだと思います。

 

動物って、

なんて、崇高なんでしょう。

 

 

 

クッチャン、シャネーネから与えられたものは、

限りなく大きく、深く、

そして、永遠に忘れません。

 

 

今まで、本当にありがとう。

 

 

 

今は、クッチャンとシャネーネ、仲良く並んで、私たちを見守っていてくれています。