作家インタビューの仕事をしていた頃 | 映画とネコと、私の好きなもの。

作家インタビューの仕事をしていた頃

沢木耕太郎さんといえば、かつて、彼に電話インタビューをしたときのことを思い出す。


それは25年も前のこと。(ウワッ!四半世紀も前だっつうの!)

当時も私は今の会社に勤めていたが、当時はもらえる仕事は何でもやるという主義で、映画関係の仕事の他に、社長の親友が「週刊サンケイ」にかかわっていた関係で、書評のページを担当していた。

1ページの上3/4は、本の紹介をかねた著者インタビューで、これは毎週ではなく、時々、ウチに回ってきた。
主にうちの社長が担当していた。
で、残り1/4の小さなコーナーが「文壇レーダー」(後に「ブリーフトーク」)といって、作家に電話インタビューして、それを400字ぐらいでまとめるもの。

それを私は毎週、一人でやってたのである!

毎週一人の作家を探して、アポなし電話インタビューする!
今じゃ考えられない仕事である。

電話番号はマスコミ電話帳というものがあって、そこから調べる。
わからないときはサンケイの人に聞く。
でも、原則、前もって予約するとかはなし。
本当にアポなしで取材していたのだ。

これ、やる方は相当に心臓に悪い。
でも、ワタクシ、毎週1人づつ、1年半、続けました。
(たかだか4,5日で、それこそ泥縄式に相手のリサーチをする。今みたいにネットなんぞないので、資料を探すのも大変。本屋や図書館で本を探し、急いで読んだりしたものだ)
これで相当、私の肝は鍛えられたと自負している。
いやあ、キツかった。でも、充実していた。終わった後の達成感は格別だった。

私がインタビューした主な作家の先生方です。

安岡章太郎、阿佐田哲也(色川武大)、北杜夫、村上龍、渡辺淳一、野坂昭如、開高健、立松和平、遠藤周作、森瑶子、津島佑子、富岡多恵子、阿刀田高、池田満寿夫、北方謙三、五木寛之、椎名誠、林真理子etc.
そうそうたる先生方が並ぶ。

↓安岡章太郎さん。
文学というのは『精神の糧』。これが失われた社会はどうにもならないのでは、と語っておられた。
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↓開高健さん。当時は水泳に凝っていて、700~800mもクロールで泳ぐと語ってらした。
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↓色川武大さん。阿佐田哲也の名前でも知られる彼は、「ペンネームを20も30も増やして、飽きたら捨ててしまえばいいと思う」と言い、御仲十(みなかはりつけ)という名前で時代小説を書いていると明かしてくださった。
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↓村上龍さん。天気のいい日は毎日テニスをしていると、まさに「テニスボーイの憂鬱」を地でいく生活を語ってくれた。余談だが、3年前ぐらいに近くの成城石井で彼が買い物しているのに遭遇したことあります。同じ●●区民なのである。
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↓先頃亡くなった北杜夫さん。躁鬱病との戦いをユーモラスに語ってくださった。仕事を断るときも、「今、ウツですから」の一言ですみますから、とのことだった。
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電話では受けないと言って、わざわざ会ってくださったのは、五木寛之さん、北方謙三さん、逢坂剛さん。

↓北方謙三さん。白金の都ホテル東京に会いに行った。ダンディのイメージを破る花粉症に悩まれ、その間は海外に逃避行されると聞いた。今でもそうなのかな?
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感じの悪い人も中にはいたけど、ここに挙げた方々は皆さん、素晴らしいお人柄だった。

特に安岡氏、開高氏、色川氏など、大家の方々なのに、とても気さくで、驚くほど気安く質問に答えてくださった。今は亡き方々の生のお姿に直接触れることができたのも、またとない貴重な体験だった。


そして、
沢木耕太郎氏ももちろん、その中に登場する。

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彼はイメージしていたそのままの人柄!

きちんとしていて、全然偉ぶったところがなくて、真面目に質問に答えてくださる。声や口調からもお人柄が滲み出てくるような感じだった。

そのときはちょうど「馬車は走る」「深夜特急第一、二便」を上梓したばかり。
「深夜特急」に関しては、旅の間、金銭出納帳に金の計算から宿の状態まで克明に記録したり、友人たちにもたくさん手紙を書いていたので、いつかは書けると思っていました、と答えてくださった。

そして、そのとき、ロバート・キャパの自伝を翻訳していることも教えてくれたのだった。



実は沢木さんに関しては、後日談がある。

取材をして、ますます彼を好きになっていた私だが、それから数ヶ月もしないうちに、実際の沢木さんにお目もじする機会があったのだ!

場所は半蔵門線、表参道駅のホーム。

私はその日、娘の保育園にいつもより早く迎えに行くため(理由は既に忘れたが)、3時過ぎぐらいにその場所に立ったと記憶している。

間もなく、すぐ近くにいる背の高いスマートな男性に気づいた。

ふっと見て、

えっ、沢木さん?もしかして、本物!?

もう私の心臓、ドキドキである。

キャッ、今話しかけないと絶対後悔する!

ちょっと迷った挙げ句、声をかけました。

「失礼ですが、沢木耕太郎さんでいらっしゃいますか?」

彼は少しも驚かず、実に素直に、はいそうです(という言葉だったか)、と肯定した。

で、ここからが私の売りどころだとばかりに、私は少し前に電話でインタビューしたものですと、ちゃっかり、私の名刺まで渡して、挨拶しちゃった。。。

気がついたら、電車が来てて一緒に乗っていたのである。

でも、あんまり長話するのも悪くて、名前を名乗り、これからもご活躍くださいね、ということだけ述べて、お邪魔して申し訳ありませんと、話を打ち切ったのだった。

で、少し離れて、立っていたのだが、彼は三軒茶屋で降りるとき、ごていねいにも私に会釈をして降りていったのだった。

ハア~。。。。

この体験、私は当分の間、いろんな人に話して回っていたが、当時、沢木さんを知らない人もけっこういたので、話す相手が限られてしまっていたことだけが残念だった。



しかし、作家インタビューの仕事は、今思い返しても、若かったからできたよなあ、と思う。
今なら、とても気力ないだろうなあ。
というか、作家の方々に太刀打ちできるものなど何も持たぬ私である。
でも、若いときはそんなことも別に考えず、無分別&怖いもの知らずでガンガンぶっ飛ばすことができたのである。
若いってそういうことよ。逆にそれが可能性を伸ばすことにもなるわけで。。。
今なら、自分の分というものが分かり過ぎているので、そんな大それたことできないと最初から諦めてしまいそうだな。

ま、どちらにしても、私の人生の中で、とてもとても大切にしたい想い出の数々であると言えますね。