池部良のエッセイ。
ああ、今週もようやっと終わった。。。
ほんとに毎日忙しい、忙しい。
一日とて同じ日常はなくて、いつも予期せぬ展開で、まあ、面白いのではあるが、それにしても、もう少しゆっくりと過ごしたいと思う今日この頃。。。。
毎日の往復電車の中でしか読書をしないワタクシだが(家に帰ってからは、もう目が痛くなって、細かいものが見えなくなるのです(T_T))、そんな中、昨日、読み終わったのは、池部良の「風、凪んでまた吹いて」。

実は俳優・池部良のエッセイを読むのは初めてではない。
一番最初に読んだのは、母亡き後、母の本棚を整理していて見つけた「そよ風ときにはつむじ風」 。。。

大正15年生まれの母は、大正7年生まれの池部良の大ファンだった。
私が子供の頃、母は一体池部良のどんな映画を見ていたのか、そんな話はしたことがなかったので、よくわからないけど、でも、写真で見る池部良はとてもハンサムで洗練されていて、大人の魅力にあふれていて、いかにも母が好きになるタイプであることは、よ~くわかった。


そんなことがあって、年とってからの母は、池部良がなつかしくてエッセイを手にとったんだろうが、
その感想はついぞ聞かず仕舞だった。
そして、読んだ「そよ風~」の本。
いやあ、びっくりしました!素晴らしい!彼がこんなにもエッセイの名手だったとは。。。
江戸の粋が漂う、本当に気持ちのいい文章です。
大人の男にしか醸し出せない、ユーモアとウィットに富んだ、実に上等な文章がそこには綴られていたのです。。。
ちなみに、Amazonの紹介のところに出ている文章は以下のとおり。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
生粋の江戸っ子で、素っ頓狂な頑固者。「お前は、脳が悪いからな」と口は悪いが、根は優しく人情家のおやじ様。世間知らずで、飄々としたおふくろ様。おやじは高名な洋画家。おふくろは岡本一平の末妹。時代は昭和初期。そんな家庭に育った著者が、てんやわんやの騒動を、ハラハラしながら見守った少年時代。ユーモア溢れ、個性豊かな家族を活写した95編のエッセイ集。三部作第一弾。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここにもあるように、お父様は、神田生まれの画家、池部鈞。お母様は岡本一平の妹。
だから池部良は、岡本太郎のいとこにあたる。
私は、母方の祖父が深川、父方の祖父が浅草。
(多分)三代以上続く江戸っ子の家系なので、基本として、江戸っ子系の言葉が大好き、というのがある。
だから、池部氏の文章やたたずまいに、とても親近感を感じるのですね。
「そよ風~」を読んで、大分たってから、先日ブックオフでたまたま見つけたのが、「風、凪んでまた吹いて」だったけど、どちらも、自分の子供の頃の父親とのエピソードがいっぱい綴られていて、どれも名調子、名人芸のような、いぶし銀の魅力にあふれた文章です。
そして、池部氏の「おやじ」さんが語るべらんめえ口調が誠に調子よく、耳に快く、何度読んでも楽しくてたまらない。
例えば、「良」という名前がつけられた下りは以下の通り。
ちょっと長いけど、こんな感じ。
「お前の祖父さんがどうしても自分の鍬吉(くわきち)を継がせろというから改まって考えるのも面倒だし、じゃいただきますか、ということになったんだ。
大森の町役場へ届けにいったよ。寒い日だった。
あんまり寒いんで懐手をして猿又に両手を突っ込んでいたのがいけなかったな。
マーケットの角で蹴躓(けつまず)いたんだ。両手が猿又の紐に引っかかって出て来ねェ。
顔でいやってほど地べたをひっぱたいちまった。痛てェの痛くねェのって、それでまァ、転んだままけがをしてねえ方の目を、ひょいとあけたら、『良質菜種油』って看板が目に入って来たんだ。
『鍬吉』なんてなァすっ飛んじまって忘れて出て来ねェ。
また改めて考えるのも面倒だしてんで看板の一番上の字だけを借りたんだ」
このテンポのよさ、これぞ江戸弁の身上ですね。
上手い落語を聞いているような、何とも言えない快感です。
で、そういうしゃべり言葉をすらすらと文章にできる池部氏の文才の確かさが凄い。
どのエッセイを読んでも、しゃべり言葉と文章が生き生きと弾んでいて、「間」の取り方の上手いこと上手いこと!
テーマも楽しくて、起承転結が見事にキマって、読んでいてただただ楽しくなってしまうのです。
いってみれば、とっても上等な気分に浸れる、そんな貴重なひとときを与えてくれるのです。
読んでいる間も,読後も、池部氏の魅力のように、爽やかで明るくて、なんとも元気になれる、そんなエッセイの数々。
昨年秋に92歳で亡くなるまで、執筆は活発になさっていた様子。
まだ読んでない本が色々あるので、また探しに行こうかな。
ほんとに毎日忙しい、忙しい。
一日とて同じ日常はなくて、いつも予期せぬ展開で、まあ、面白いのではあるが、それにしても、もう少しゆっくりと過ごしたいと思う今日この頃。。。。
毎日の往復電車の中でしか読書をしないワタクシだが(家に帰ってからは、もう目が痛くなって、細かいものが見えなくなるのです(T_T))、そんな中、昨日、読み終わったのは、池部良の「風、凪んでまた吹いて」。

実は俳優・池部良のエッセイを読むのは初めてではない。
一番最初に読んだのは、母亡き後、母の本棚を整理していて見つけた「そよ風ときにはつむじ風」 。。。

大正15年生まれの母は、大正7年生まれの池部良の大ファンだった。
私が子供の頃、母は一体池部良のどんな映画を見ていたのか、そんな話はしたことがなかったので、よくわからないけど、でも、写真で見る池部良はとてもハンサムで洗練されていて、大人の魅力にあふれていて、いかにも母が好きになるタイプであることは、よ~くわかった。


そんなことがあって、年とってからの母は、池部良がなつかしくてエッセイを手にとったんだろうが、
その感想はついぞ聞かず仕舞だった。
そして、読んだ「そよ風~」の本。
いやあ、びっくりしました!素晴らしい!彼がこんなにもエッセイの名手だったとは。。。
江戸の粋が漂う、本当に気持ちのいい文章です。
大人の男にしか醸し出せない、ユーモアとウィットに富んだ、実に上等な文章がそこには綴られていたのです。。。
ちなみに、Amazonの紹介のところに出ている文章は以下のとおり。
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生粋の江戸っ子で、素っ頓狂な頑固者。「お前は、脳が悪いからな」と口は悪いが、根は優しく人情家のおやじ様。世間知らずで、飄々としたおふくろ様。おやじは高名な洋画家。おふくろは岡本一平の末妹。時代は昭和初期。そんな家庭に育った著者が、てんやわんやの騒動を、ハラハラしながら見守った少年時代。ユーモア溢れ、個性豊かな家族を活写した95編のエッセイ集。三部作第一弾。
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ここにもあるように、お父様は、神田生まれの画家、池部鈞。お母様は岡本一平の妹。
だから池部良は、岡本太郎のいとこにあたる。
私は、母方の祖父が深川、父方の祖父が浅草。
(多分)三代以上続く江戸っ子の家系なので、基本として、江戸っ子系の言葉が大好き、というのがある。
だから、池部氏の文章やたたずまいに、とても親近感を感じるのですね。
「そよ風~」を読んで、大分たってから、先日ブックオフでたまたま見つけたのが、「風、凪んでまた吹いて」だったけど、どちらも、自分の子供の頃の父親とのエピソードがいっぱい綴られていて、どれも名調子、名人芸のような、いぶし銀の魅力にあふれた文章です。
そして、池部氏の「おやじ」さんが語るべらんめえ口調が誠に調子よく、耳に快く、何度読んでも楽しくてたまらない。
例えば、「良」という名前がつけられた下りは以下の通り。
ちょっと長いけど、こんな感じ。
「お前の祖父さんがどうしても自分の鍬吉(くわきち)を継がせろというから改まって考えるのも面倒だし、じゃいただきますか、ということになったんだ。
大森の町役場へ届けにいったよ。寒い日だった。
あんまり寒いんで懐手をして猿又に両手を突っ込んでいたのがいけなかったな。
マーケットの角で蹴躓(けつまず)いたんだ。両手が猿又の紐に引っかかって出て来ねェ。
顔でいやってほど地べたをひっぱたいちまった。痛てェの痛くねェのって、それでまァ、転んだままけがをしてねえ方の目を、ひょいとあけたら、『良質菜種油』って看板が目に入って来たんだ。
『鍬吉』なんてなァすっ飛んじまって忘れて出て来ねェ。
また改めて考えるのも面倒だしてんで看板の一番上の字だけを借りたんだ」
このテンポのよさ、これぞ江戸弁の身上ですね。
上手い落語を聞いているような、何とも言えない快感です。
で、そういうしゃべり言葉をすらすらと文章にできる池部氏の文才の確かさが凄い。
どのエッセイを読んでも、しゃべり言葉と文章が生き生きと弾んでいて、「間」の取り方の上手いこと上手いこと!
テーマも楽しくて、起承転結が見事にキマって、読んでいてただただ楽しくなってしまうのです。
いってみれば、とっても上等な気分に浸れる、そんな貴重なひとときを与えてくれるのです。
読んでいる間も,読後も、池部氏の魅力のように、爽やかで明るくて、なんとも元気になれる、そんなエッセイの数々。
昨年秋に92歳で亡くなるまで、執筆は活発になさっていた様子。
まだ読んでない本が色々あるので、また探しに行こうかな。