わが心の歌舞伎座 | 映画とネコと、私の好きなもの。

わが心の歌舞伎座

歌舞伎座閉場までの歳月を貴重な映像の数々と役者たちのインタビューなどで綴ったドキュメンタリー「わが心の歌舞伎座」を見てきた(銀座・東劇にて)。

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思っていた以上に心にじい~んと沁みて、泣けた。よくぞ作ってくれた!という思い。
DVD発売されたら絶対に買っちゃうな。

やはり、歌舞伎座には格別な想い出があるので、色んなことが脳裏に浮かび、涙止まらなくなった。

歌舞伎座のあの重厚で華やかなロビーの様子が映し出されるだけでも、こみ上げてくるものがあった。
福助さんのお仕事で何回か伺った楽屋や、そこに上がるまでの階段、こまごましたものが置かれている狭い廊下、いかにも古い建物といった風情がそこかしこにあって、それがまた、えも言われぬ歌舞伎座独自の雰囲気を醸し出していた。
そんなこともリアルに思い出されて、感慨無量になる。

さまざまな舞台が紹介される中で、そこに語られる役者たちのコメントが、実に深い。
その言葉にまた感動してしまう。
勘三郎、玉三郎、吉右衛門、団十郎、仁左衛門、幸四郎、先日亡くなってしまった富十郎など、それぞれの人間の器の大きさが伝わってくるようだった。
名優と呼ばれる役者たちの言葉の深さに感じ入ることがいっぱいあった。
才能もあるけれど、やはり人並み以上に努力し、勉強して今日を築いたことが、言葉の端々から垣間みれる。役者とは、真の役者とはそのようにして成長し、作り上げられていくものなのだろう。
歌右衛門をはじめとするかつての名優たちの舞台も紹介され、それがまた懐かしく、胸に沁みる。

そして、私の中にいつまでも生きている歌舞伎座の想い出。。。。

娘たちを連れていったのは、毎年8月の納涼歌舞伎。
娘たちも勘九郎(勘三郎)、福助の大ファンになり、以来彼女たちにとっても歌舞伎は特別のものになった。

母とも何度か歌舞伎座に行ったが、2000年1月だったと思うが、私の次女も一緒に3人で行ったときのことは忘れられない。
勘三郎(当時はまだ勘九郎)の「京鹿子娘道成寺」を見て嬉しそうにしていた母のこと、鮮やかに思い出せる。
(母はそれから1ヶ月もしないうちに心筋梗塞を起こして入院し、以来心臓の薬が手放せなくなった)

昨年は、自分の事情が色々あったにもかかわらず、4月のさよなら公演には2回行った。
そのうち、1回は千穐楽の第三部。つまり、歌舞伎座の舞台の最後を見届けた。
さらにその後行われた閉場式まで見に行っている。
幹部俳優から大部屋俳優、お囃子の方々なども全員舞台に上がっての手締式は圧巻だった。

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新しい歌舞伎座は、2013年に完成する。

どんな姿になって戻ってくるのだろう。
楽しみでもあり、ちょっぴり不安でもある。。。。。