erica room* -12ページ目
桜は今年もちゃんと咲いた。
はらはら舞い落ちる淡い桃色を
寝転んで仰ぎ見る時間の永遠。
桜には感情などなく、
毎年、ただ咲いてただ散っているだけなのに、
わたしの感情は毎年、とても穏やかだけれど
とても大きく揺さぶられる。
これはこの先もきっとずっとそうで、
なんとも言えないこの桜による揺さぶりが
切なくも心地良い。
私は感情なく在ることができないけれど、
桜が毎年繰り返すそれのように、
ただただ四季とともに歩んで、
強く美しく潔く在りたいと、
これまた毎年思っている。
今年の桜は、またひときわ特別で、
絶対に忘れない。
来年の桜への誓いを胸に…
春を愛でたいと思います。
素敵な季節だなぁ。
感じていることや、考えていることが
たくさんあって、
小さな後悔や、大きな反省も
たくさんあって、
ごめんねもたくさんあるのだけど、
それを上回る天文学的な数のありがとうを
ひとつひとつ取り上げていると、
うぉーーー!至らない自分でごめんなさい、
となっている、イマココです。
多くを越えてきた人の笑顔は、
深くて柔らかくて温かい。
その温度を感じられることは、
生きていく希望にもなるし、
軽やかだけれど芯をとらえた覚悟にもなる。
笑顔をつくっているその根っこの部分を
垣間見ると、理屈抜きにその人のことが
大好きになる。
大好きというと少し語弊があるかな。
もう好きとか嫌いとかじゃない次元だもんな。
なんと表現したらいいんだろう。
とにかく、全肯定。
そうそう、全肯定。
で、やっぱり大好きなんだけどね。
全肯定って、潔くていいな。
とか言いつつ、すぐ全否定だって
やってのける小さな私です。
価値観を押し付けたり、ブチブチ文句も
言ってのけます。
小ちゃいけど、それ以上でもそれ以下でも
ない、ただそれだけのことね。
徒然なる文章となりましたが、
連日連夜、素敵なヒト・モノ・コトに触れて、
私の中で発生している振動ゆえ、です。
振動が止まらないなぁ。。。
(写真は何日か前の朧月。キレイだったなぁ。)
少し前に撮ったこの写真。
あれは明け方だったのか、夕方だったのか。
この後暮れたのか、明けたのか。
おそらくビルに灯る光を見る限り、
夕方だったんだろうな…と、言うくらい
前後がまったく思い出せないけれど、
この景色に気が付いて、その時一緒に感じた
感動だけを確かに覚えている。
『一瞬』はいつも突然現れては、
その都度、脳に刻まれていくけれど、
振り返ると、前後の出来事は意味を持たない。
『一瞬』はとても小さなカケラなのに、
その重量たるや表現できない重みを持つ。
とても美しく、
とても尊い。
もう思い出せないあれやこれも、私の中には
きっとたくさんたくさんあって、
むしろ私は『一瞬』の集合体なのだろう、
と思ったりもする。
先日、何気なくログインしたSNSのタイムライン。
見知らぬ方の、ハッとする言葉に出逢った。
「人の悩みは、未来への不安か、過去への後悔。
そのどちらかでしかない。」
なるほどー。なるほどー。
苦しい自己否定も過去からやってくるしなぁ。
でも、『一瞬』の蓄積も、ある意味
過去の産物ではあるけれど、
美しいそれは、チカラをくれる。
そして、苦しみを解放してくれるのは
未来への希望だったりする。
いずれにしても言えることは、
すべては「今」にしか存在しない、ということ。
いつだって「今」を創ることができる、ということ。
刻み続ける「今」は、美しく尊い。
1人の時間も、誰かと一緒に過ごす時間も、
「今」を感じられることは、美しく尊い。
全部が詰まっている「今」、
大切にしようぜ。
最後は語尾をかっこよくキメてみました。
言葉ってオモシロイ。

