テーさんのスミレカフェー -53ページ目

テーさんのスミレカフェー

面白いことが大好きで悪いことは許せない
さういふひとに私はなりたひ

再生エネ買取価格案 太陽光42円・風力23.1円(日経)

http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819481E0E7E2E2848DE0E7E2E6E0E2E3E0E2E2E2E2E2E2

(要約)

経産省の「調達価格算定委員会」(委員長・植田和弘京大教授)は、25日の会合で電力会社による電気の買い取り価格案を議論した。最終的な結論は持ち越しとなったが、植田氏は委員長案を公表。

太陽光発電は1キロワット時あたり税込み42円。風力は同23.1円とした。


だから。


発送電独占と総括原価をそのままにしといて価格だけ議論してもダメなんです。


世界の標準的な価格に合わせるのは無意味じゃないとは思いますけど、

順序が違いやしませんか。


というか去年から、ずーっと同じ事言われ続けてますよね。ずーっと。


電気料金が上がるとか言って騒ぐのも、結局今の偏った仕組みの上ですもん。


「電気を選べる仕組み」

「儲けたいなら善い事をする社会」


日本は充分シフト出来る力がある筈なんですが。





『チェルノブイル ソ連・安全への道』(1989・株式会社創造)


テーさんのスミレカフェー

厚さ7ミリの薄い小冊子。内容もうっすいです。

メインは座談会「チェルノブイル事故から三年」。


出席者:田島英三(原子力安全協会理事長)

     垣見俊弘(原子力工学試験センター特別顧問)

     佐藤一男(日本原子力研究所東海研究所副所長)

     濱田達二(日本アイソトープ協会常務理事)


司会:長岡  昌(科学ジャーナリスト)


思いっきり体制寄りの面々です。

垣見氏って、広瀬隆「原子炉時限爆弾」の中で名指しで批判されてた人ですね。インチキ断層評価で。


他はチェルノブイリと日本の原子炉の比較(当然「日本ではこのような事故は起こらない」が結論)と、

ソ連の御用学者による、当時の新聞記事批判。


すみません、これ読んだ訳ですけど全編ひどかったです。

事故の評価については今さら言う事もなく、いつもの推進派のテンプレなんですが。

発言の仕方がいちいち引っ掛かるんです。

試しに気になった所に付箋貼ってみたら、ほぼ全ページ貼ってキモイ事になりました。



ポイント①:上から目線


佐藤「ああいうふうに意欲を持って一生懸命やっていけば、次第にその実も伴ってくるんじゃなかろうか。もうちょっと

   時間を与えてやるべきかなという感じもありましたね。」(P14)


佐藤「放射線管理という観点からすると、あれはナンセンスですね。これこそロシア的大らかさなんて我々は

   いっていたんですよ。もっともよく考えてみると、実は発電所の建物の中より外の方が汚れているわけですね。

   だから、あれでもいいのかしらと思ったりしましたね(笑)」(P24)


垣見「地震学そのものはソ連も非常にすぐれているんですけれども、耐震工学という技術の面で、ソ連も日本に学ばな

   きゃならないということで、要請が来たんだろうと思っているんです。」(P58)



ポイント②:脳天気


濱田「事故当時は多分相当ひどい汚染だったと思うんですけれども、我々が行ったときはかなり回復している感じでした。

   (中略)我々の持っていったポケット線量計の読みは、やっと針がふれたかなという、一~二ミリラドぐらいでしかなか

   ったわけですね。」(P15)

(※1ミリラド=10マイクロシーベルト)


佐藤「外で別段何か汚染に対して注意しなきゃならぬようなことも、我々は一向になかったわけで・・・。」(P26)


田島「埋葬するときは、ヘリコプターがコンクリートと鉛をぶち込んだわけでしょう。ねらいがつかないでしょうから、

   高度百五十~二百メートルぐらいまで下がる。そこの放射線量は、毎時三百レントゲン。そんなに放射線が高いと、

   ヘリコプターの操縦士が困っちゃうだろうと聞いたら、それは軍のヘリコプターで底に十ミリの鉛が張ってあるから

   大丈夫だといっていましたね。」(P32)

(※300レントゲン=約2.6シーベルト)



ちなみに、田島氏が「困っちゃうだろう」と心配していた、原子炉の真上を飛んだヘリの操縦士の証言を、

前回の本から引用します。



チェルノブイリからの証言』(P155~165)


キエフ軍管区航空隊ウォルコズーブ大佐(54)の話


『(前略)プリピャチに飛ぶように命じられた。原発のまわりを飛んだとき、横の方に旋回していると、いやおうなしに原発の全景が目に入った。これまで何回か飛んだことがあるので私はその場所を知っていた。原発に近づくにつれて、機内に入れた放射線測定器のメーターの針が上がり、放射線レベルの上昇に気づかされる。排気用のスタック、こわれた第四ブロックが目に入る。煙が出ている。炉の裂け目から内部の炎が見え、煙は灰色をしていた。』


『(前略)われわれは飛行方法を考え、飛行高度を二〇〇メートルに保つことを確認した。それより低く飛ぶことは、放射線の影響を受けるので許されない。しかも排気用スタックの高さは一四〇~一五〇メートルもある。それが眼前にあった。その方向に飛ばねばならない。それがパイロットの基本目標だった。私はいまでもそれを夢に見ることがある。多分一生記憶から離れないだろう。


『(前略)一〇メートル以上二〇〇メートル以下の間では静止飛行は禁じられている。ヘリはふつうは安全な乗物である。私は一九六〇年からヘリに乗っているが、私にとってそれは自転車に乗っているようなものだ。どんな場合でも、たとえエンジンが止まっても、私はヘリに乗っていられる。しかし、ヘリが高度二〇〇メートル以下のところで静止飛行をしている最中に、もしエンジンが止まれば、最高の腕を持ったパイロットでも機内にとどまってはいられないはずだ。(中略)そういうわけで、危険の一つは一〇メートル以上で静止飛行することにある。それは禁止事項である。ただ特別な事情があるときにだけそれは許可される。


『(前略)測定器を機内に設置する。飛行の前にわれわれは鉛のシートで体のまわりを囲い、さらに鉛を操縦席と床にも敷いたが、足が当たるペダルのところだけはうまく敷けない。それでも何とか被覆した。さらに私たちは鉛のチョッキを着せられた。』


『(前略)どんな気分だったかっていうのですか?そう、四月二十七日以来、われわれに平和な夜はなかった。眠るのは二、三時間。夜明けから夕暮れまで飛び続けた。私は、「放射線の影響はどうなのか?」とよく質問をうける。けれども私にはわからない。影響があるのか、あるとすればどんな風にあるのかということが、わかっていません。しかし、疲労はひどかった。どうしてかわからない。放射線のためか、不眠のためか、それとも肉体を酷使した過労のせいか、精神的緊張のせいか。いずれにしても緊張の連続でした。大きな責任を負っていたから。

それら三回の飛行のあと、放射線調査のためにもう一度飛んだので、合計で原子炉上空に一九分四〇秒間静止していたことになります。



長くなってすみません。


でも、田島氏が「困っちゃう」の一言で片付けたのは、こういう事でした。


この冊子にはそんな傲慢な空気が満ちています。

恥ずかしい本です。


この不愉快な座談会は、長岡氏の言葉で締めくくられていました。


長岡「広島、長崎、チェルノブイル、それがもう一回あってはいけないわけですから、またと得られない貴重なデータに

   なるわけで、まさにそれは国際協力でやらなくちゃならないことですね。

   どうもありがとうございました。(了)」(P72)


次の事故は。

残念ながら日本で起きてしまうんです。



もう亡くなられた方もおられますが、佐藤一男氏はご健在でチェルノブイリ25周年に寄せて

日本原子力文化振興財団のインタビューに答えていました。


検証・25年経ったチェルノブイリ原子力発電所事故

http://www.jaero.or.jp/data/02topic/cher25/interview2.html


御用学者オールスターみたいで、なかなか使えるページです。




最近チェルノブイリ事故の事を知りたいと思い、近所の図書館に通ってます。


ちなみに第一回スミレカフェーが玉砕した公民館と、同じ場所なんですが。

それはまあ良いです。


何と言うか、チェルノブイリについて何も知らなかったんだなあと。

無知のまま来た自分が悔しいです。


何の事は無い。同じ事が起きてるんじゃないですか。



ユーリー・シチェルバク『チェルノブイリからの証言』(1988・技術と人間社)


テーさんのスミレカフェー

消防士・医師・ジャーナリスト・党幹部など、事故に関わった人々の証言集。


事故の技術的な部分や、放射能被害については余り触れられていませんが、

当時の人々の思いや行動を知ることが出来ます。


シチェルバク氏の言葉の中で、どうしても心に残る部分があったので、

長くなりますが書き出しておきます。


(P142~143)

『キエフには「放射能恐怖症」と「元気者」が発生した。前者はありとあらゆるパニックのうわさをふりまく連中であり、後者はたった一言「すべて結構、きれいなお嬢さま」とくり返すだけの「楽天家たち」だった。キエフ市内では五月の暑さにもかかわらず、頭のてっぺんから足のつま先まで古い衣類ですっぽりくるんだ、奇妙ないでたちの人たちを見かけるようになった。かれらはひさしのある円い帽子か三角頭巾で顔のほぼ半分を隠し、手袋と長靴下を着けている。これはありとあらゆる個人的自衛手段を動員した「破局恐怖症」の人びとのよそおいだった。私はこうした人たちを非難しようとは思わない。だがあの三〇キロゾーンの問題を知ってからというものは、キエフ市民の恐怖感なるものもすべて単なるこっけいなものとしか思えなくなってきた。

 情報が極度に少なかった最初の沈黙の日々が過ぎたあと、ついに新聞は沢山の記事をのせ始め、テレビもまたいろいろと専門家たちの意見を伝えるようになった。しかし・・・・・・

 一連の新聞記事やテレビ報道番組の中には、わざとらしく元気ぶってみせたり、調子よく強がってみせるような傾向があらわれた。全人類的な大きな悲劇、二〇世紀の暗い事件の一つが問題なのではなく、あたかも訓練用警報や模型相手の消火競争の方が重大な問題であるかのような調子だった。』


引用部分への感想は控えます。キエフの結果は、25年後の今知る事が出来ますから。


当時のソ連・ウクライナの人々と僕らは、思う以上に同じでした。


僕らは今、当時のウクライナの人々より経済的に豊かです。

移動の自由や言論の自由もある。

ウクライナの人々が求めて已まなかった放射線測定器だって、アマゾンで買える。

何より、チェルノブイリを先行事例として見る事が出来る。


なのに、どうして僕らは今直面している福島第一原子力発電所事故を、

「今世紀の暗い事件の一つ」と捉えることがこんなに難しいんだろう。



何が違うのか判りませんが、それを突き止めて克服しない限り、

未来は無いんじゃないか。そういう気がしました。


とりあえず、借りてきた他の本も今読んでます。

次回は今回とは真逆のクズゴミを紹介しようと思います。










今日は日曜日。


皆さんはどう過ごされたんでしょうか。


ところで、こんなブログにも時々読みにきて下さる皆さんがいます。

日ごろお忙しいでしょうに。心から感謝します。


●物売りの方

●ビジネスの営業の方

●ミュージシャンの方

●アクターの方

●ラエリアンの方

●競馬の達人の方

●丁寧なジョーカーの方

●嫌韓流の方

●子育てママの方

●悩み多き方


もっともっと、たくさんの方がおられます。

色んな立場の皆さん。


こんな駄文でも、少しでも心を通わす事が出来れば嬉しいです。


多少、物好きで名前が不思議な方が多いような気もしますが。


叶うなら、小学生や高齢者の方ともお話してみたいですね。


ともあれ。


本当にありがとうございます。


別に今から死にに行く訳じゃないですが。


今日はちょっと時間があったもので(;^_^A

農水省的には閾値アリ説が有効らしいです。


食品の放射能検査「独自基準やめて」 農水省が通知(朝日)

http://www.asahi.com/politics/update/0421/TKY201204200862.html

(要約)

農水省は20日、スーパーや食品メーカーなどの業界団体(270団体)に対し、

国が設けた放射性物質の基準を守るよう求める通知を出した。

国よりも厳しい独自基準で自主検査を行う動きに歯止めをかけるのが狙いという。

通知は同省食料産業局長名で出され、民間に広がる自主検査に対する注意喚起の

形をとっており「過剰な規制と消費段階での混乱を避けるため、自主検査においても

食品衛生法の基準値に基づいて判断するよう周知をお願いします」と記す。


独自基準で食品を売るのは、業者のコメント通り付加価値かつ自由。

そんなん当たり前すぎるでしょうに。


もうやだこいつら。


国民の生命より、経済を優先したいんです、と。


事ここに至ってそれを言うと。


原発を推進してきた張本人が、事故を起こして尚それを言うと。


ここまで自分中心に物事考えられれば、気持ち良かんべ。



テーさんのスミレカフェー

ひねる気も失せます。