レイ・ブラッドベリ死去 | テーさんのスミレカフェー

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面白いことが大好きで悪いことは許せない
さういふひとに私はなりたひ

世界から、また綺麗なものが一つ無くなったんでしょうか。


『火星年代記』しか読んでないので気が引けますが、

手元に昔のインタビューがあるので、引用だけさせてください。



(前略)

Q. ご自分で俳句を作られたことは・・・・・・


A. う、うん、あまりうまくないんだ(笑)。私がやったのはラフな俳句でね、つまり、音の数も行の数も合わない。

  でも、荒っぽく作ってるといって責めないでほしい。それでもかなりうまくはいってるんだから。 だって、

  「思い」がすべてだろ。夢がすべてだ。音や行の数が多くても少なくても、いいじゃないか。我々みんな同じ

  ことを目指しているんだから。


Q. どんな俳句をご存知ですか。


A. いや、正確には・・・・・・ただ、あまり完全ではないけど、ひとつ覚えている。これに感動したんだ。

  ええと・・・・・・大好きな奴でね・・・・・・昔覚えたんだ。女の人の句で、死んだわが子をうたったものだ。

  ‘‘Today how far might he have wandered, My little fighter of dragonflies’’


Q. 「とんぼつり今日はどこまで行ったやら」ですね。


A. 美しいだろう。胸が痛む。これだけの言葉で、これだけのことを云い尽くしている。これが私にとっては、最

  も純粋な形の俳句なんだ。思いやるだけで胸が痛む。だから、これほどの句をひとつでいいから作ってみ

  たいと思うよ。一生のあいだに(笑)


(中略)


Q. 本をお書きになる動機とか、どう書くか、どう構成するか、というようなことを・・・・・・


A. 愛から出で、必要から出で・・・・・・まあ、すべては愛から出でざるをえないね。愛をこめてしない限り、なに

  もかも退屈なものになる。何もかも楽しくなくなる。だから個人同士の関係も、ストーリーとアイデアとの関

  係も同じことさ。人間を愛しているのでもなけりゃ、書くものに細心の注意を払う意義なんてないよ。だか

  ら、好きな人、愛する人々と時をすごすべきなんだ。だから、これが真実なら、友人との関係でも、詩を書い

  たり、小説やエッセイや戯曲を書く時でも、やってることに愛情がこもらないなら、ひどいものになる。自分

  で退屈してしまうよ。他の人も退屈する。恋をしたり、ヒステリカルになったり、怒り狂ったり、素晴らしく創造

  的になったり、希望を抱いたり、ということの答えとして、偉大なる美の女神ミューズが手をさしのべて

  ――― そう・・・・・・そして、何かの途中で急に、素晴らしいことができてしまう(笑)


Q. 美しくお話をなさいますね。


A. でも、そうだろう。タイプライターを手にすれば、狂ったように打つんだ。そうなれば、何が起こるかわかりゃ

  しない。でも、とにかく、おこることはおこるんだ(笑)。そしてもしできあがれば、神さま、ありがとう、さ(笑)。

  神さまがどちらさんか、それは知らないがね(笑)

   もしこれを他の人に教えてあげられるものなら、退屈な生活を送ったり、ひどいことになったり・・・・・・つま

  り、街を歩いている人を見ると、体重が何十トンもありそうだろ。あの人たちをすくいあげて、軽くしてあげた

  い。こう云いたいんだ。

   「ほら、見てごらん、思いきって愛してごらん、思いきって愛の中で創りあげてごらん・・・・・・」

  それでも、うまくいかないかもしれない。それはわかりゃしない。でも、一度はためしてみてほしいんだ。

  あるいは二度でも。

(後略)


( 中島梓 『あずさのアドベンチャー‘80』  文芸春秋社・1985 より抜粋 )




インタビュアーは中島梓さん。この方も亡くなられましたね。


ブラッドベリも中島梓(栗本薫)も、中学・高校の頃に出会った作家なんですが。

むしろ今、精神の支えになってる気がします。


作者は死しても作品は生きてるんですね。無くなってない。

小説ってすごいものです。


という訳で、もしかして誰かの役に立てばいいなと思い、引用させてもらいました。

昔の本なので、図書館でもリクエストが必要かも。