竜神の神楽1 | テーさんのスミレカフェー

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さういふひとに私はなりたひ

岩手県陸前高田市の黒崎仙境に伝わる伝説です。


                  『竜神の神楽』


 気仙の広田半島の海岸に、一つの岩穴がありました。いつも海水にひたっていてよくわからないのですが、旧暦の三月三日の日だけは潮が引いて、よく見ることができました。


 その日には、岩穴の奥からふしぎな音楽がきこえました。笛の音、つづみの音、大太鼓を打ちならす音などさまざまの音が入りまじって、ちょうど神楽のようでした。そこで、これを竜神の神楽と呼んで、近在からたくさんの人が集まってくるのでした。


 その音楽は岩穴のずっと奥からひびいてくるようでしたが、まだだれもこの奥を見きわめた人はありませんでした。


 或る年、この神楽を聞きに来た殿様が、この岩穴の秘密を探りたいと思い、この奥まで見とどけた者にはたくさんの恩賞を与えると、近在の村にふれさせました。


海になれた漁師どももさすがにしりごみして、なかなか出てくるものはありませんでしたが、やがて二人の若者が進み出ました。二人とも赤銅色に日にやけたたくましい漁師で、一人は与八、一人は佐十といいました。


 この二人はひごろ最も仲の悪い間がらでした。たがいに相手に負けまいという意地から、そろって名乗り出たのでした。


 事情を知らない殿様や家来どもは、若者のたのもしそうな面魂に満足して、激励の言葉を与えました。


 二人は、それぞれ一枚の板を胸にあて、竹につけたろうそくを頭の上にしばりつけて、岩穴に入りました。


 泳いでいくうちに、入ってきた口がしばらく後の方で白く光っていましたが、それもしだいに小さくなり、やがて暗の中で二人の頭上で輝くろうそくの小さな光だけが、唯一のたよりになってしまいました。


 潮のあおりはこの狭い岩穴の中ではいっそう烈しく、渦に巻きこまれたり、後に押しもどされたり、ともすれば消えそうになるろうそくをかばいながら、二人の若者はしゃにむに泳ぎ進みました。


 十町ばかりも入ったころ、うずを乗り切りそこなった与八は、水をしたたか飲んで押しもどされました。横目でそれを見ながら、佐十は先に進んで行きました。板につかまっていきを整えていた与八は、しだいに小さくなってゆく佐十の灯を見ているうちに、ふと、このまま先にもどってしまった方がよいのではないか、と思いました。どこまで続くかわからない暗黒の岩穴の奥まで行っても同じこと、それよりも先にもどって、行きづまりであったと殿様に報告すれば、それですむのではないか、と思いはじめました。


 ところが、先に進む佐十の灯が、ふっと消えてしまいました。しばらくその暗を見つめていた与八は、やはり思いなおして先に進んで行きました。


 佐十は消えたろうそくを持って、岩の上にすわっていました。近づいた与八は、黙って自分のろうそくを差し出しました。佐十も無言でその火を移すと、また頭にしばりつけて泳ぎはじめました。


 身を切るように冷たい流れがあるかと思えば、なまぬるくよどんだ淵もあり、行きづまるように細くなったり、上から岩がとざすように水に迫っている所もあります。しかし、もはや二人は相手に負けまいと、一心に泳ぎつづけました。


 こうしてどのくらい進んだころか、二人が低い岩の下を潜ったとき、突然、静かなよどみに出ました。目もかすむような疲労のうちにも、二人はそこが行きどまりだと悟りました。深い、その死のような静寂の淵をかきわけて行きますと、その正面は高い岸壁になっていました。


 ろうそくの光をたよりにその上の方を見あげて行ったとき、二人は思わず顔色を変えました。切り立ったその岸壁の上に、少しくぼんだ所があり、そこに白く光るものがあったのです。それはうすい衣をまとった若い女でした。それは片ひざを立て、そこにのせた白い手でほほをささえ、その美しい顔は目を閉じて、深い眠りに沈んでいるようでした。


 この深い洞穴の奥に、この美しい女性、それはとても人間界のものとは思われません。二人は水の中で、全身が硬直するような恐怖におそわれました。


 どちらからともなく泳ぎよった二人は、急いで入ってきた口を探します。やっとそれらしい岩の間を見つけて泳ぎよったとき、ふと与八は一つの岩にさわりました。


 ところが、何となくヌメリとして暖かいとうに感じたので、その岩を見あげたとき、与八はいきのつまるほど驚きました。それは、ふつうの牛の十倍もあるほど大きな牛の鼻であったのです。


 与八にしがみつかれた佐十も、これに気がついたとき、いきがつまりそうでした。しかも、その牛もやはり目を閉じて昏々と眠っているのでした。


 やっと見つけた口から、二人はもう相抱くようにして泳ぎ出ました。しかし、まだこれからあの苦労をかさねて泳ぎぬいてきた長い暗黒の難路がひかえているのです。


 一方、浜で待っている殿様はじめ村の人々は、岩穴の入口と沖の潮のようすを、かわるがわる見くらべていました。昼すぎに入って行った二人は、もう日が西にかたむいても、まだ姿をあらわさないのです。上げ潮になればもう救いようはありません。しかも、沖の方では、波がしだいに白い歯をむき出すように高まってきました。


 岩穴の中では、凄まじい努力がつづいていました。潮が満ちてくるので、ともすれば奥に押しもどされます。二人の若者には、それが、あのふしぎな女神が二人を引きもどそうとしているかのように思われるのでした。


 「与八!大丈夫か」

 「大丈夫だ」

 ・・・・・・・・・

 「佐十・・・しっかりしろ」

 「うぬっ!」


 もうろうそくも尽きかけた暗の中で、二人はたがいにはげましあいながら、逆巻く潮の流れと戦っていました。


 上げ潮がついに岩穴の半ばをうずめるころ、やっと二人の若者が姿をあらわしました。村人や家来にかつがれて殿様の前に出たとき、二人は、いきもたえだえに岩穴の奥の秘密を語り、語り終えると


 「与八!」

 「佐十!」


 とたがいに相手の名を呼びながら、二人ともいきたえてしまいました。


(『日本の民話』1巻 岩手・津軽篇  未来社・1974 より抜粋)

 


こちらのページでは音声で聞けます

もりおか弁で語る昔話

http://www.ydp.jp/tales/kag/ka00.html


こっちでは途中から微妙に話が変わっているのに気付かれると思います。

なんでなのか一度調べたことがありますが、よく判りませんでした。

詳しい人がいたらぜひ教えてくださいませ。


震災前、この伝説に魅かれて陸前高田の町を訪ねました。

美しい町でした。