道路標識 岡本桟橋への小さな道は、この標識の前で、左手にはいります。
天気が良かったので、突然、岡本桟橋に行きました。
2025年12月29日、朝から快晴でした。風もなく、おだやかな日よりです。
こうしたとき、思い立って、近場の旅をすることがあります。悪く言うと、徘徊老人です。
私の場合の最悪の徘徊は、海外での徘徊です。ただし、健康でないときは、徘徊しません。家族への、少しの配慮です。
終の棲家にいる時は、バスに乗って、盆地を取り巻く、東側の山を少し下った、未だ、山の中の西米良村に行くことがあり、時には、盆地の西側にある人吉の街に行くこともあります。
どちらにも、日帰り温泉があり、合計すると、多分、50位の日帰り温泉があるのです。
日帰り温泉の里に行くときは、夕方の最終バスの便で、終の棲家にも戻るまで、温泉三昧で過ごすこともあります。ただし、バスに乗り遅れると、宿泊しないといけないことになります。
西米良村は、山の中腹にありますから、冬場に出かけるときは、午後から雪がふらないことが条件になります。
関東にいたときは、神奈川県、東京都, 千葉県の有志が集まり、群馬県の沼田というところのリンゴの木を2本、借り、「秋にリンゴの果を食べる会」をしていましたが、集会後、1泊し、翌日に、それぞれの家に戻るときには、雪が積もっていたことが時々ありました。リンゴを一緒に食べる機会は、わずかしかありませんでしたが、夜にワインを飲む機会は、沢山ありました。私は、ワインではなく、ソフトドリンクでしたが。
その会の会長さんをしたいた人の、お父さんは、第二次世界大戦中に、日本の情報局の仕事をしていた人で、欧州で、日本に原爆が投下される日の情報収集に努めていた人でした。幸い、情報を得て、日本に急いで戻るため、ドイツの潜水艦基地に向かう途中、欧州の山中でパルチザンの襲撃を受け、欧州の地で亡くなりました。
もちろん、家族は、父親が何の仕事を、何処でしていて、生きているか、死んだかも知っていませんでした。たまたま、襲撃したパルチザンの中の一人が、アルプスの冬山で、襲撃したとき、日本人に助けられていた人がいて、その話を、戦後、かなりの時を経て、船旅の最中に出会った、日本人に話したことが、本になり、家族の知るところとなり、私にその本を紹介してくれたのです。
私は、東京裁判の被告人となった遺族の方とも、わずかな期間、仕事に一緒したことがあります。
私は、平和な時に、かっこよく、人の目に着くように右翼をうたう人を好みません。
私は、勝てない戦争は、しない方が良い、という考え方です。負けるとすべての正義は、間違った主張に貶められるからです。
戦争には、国力が必要ですが、現在の日本には、戦争して勝てる国力はありません。もちろん、平和主義で、戦争がなくなるとは、まったく、思っていません。スイスのように中立を唱えても、他国に蹂躙されないための武力は必要なのです。
私の終の棲家をとりまく盆地の終わりの西の方に行っても、盆地の東の方に行っても、バスに乗車する時間は、1時間ほど、料金は、片道、千円ほど、ですが、お風呂の代金は、高くて千円、安いと、200円位で、中庸は、500円近辺です。千円の日帰り温泉は、人吉にある、2軒だけです。どちらも、名が知られている有名な旅館です。
湯上りに、宿の休憩所で、横になって休むことができるところもます。もちろん、食事も旅館内あるいはホテル内のレストランで、摂ることができるところもあります。
まあ、一人きりのディサービスみたいなものです。
12月29日は、千葉県でも、近くの江戸川を渡ると、埼玉、あるいは、別の橋で江戸川を渡ると葛飾区というところにいましたから、同じ千葉県南房総市の岡本桟橋を訪ねると言っても、電車と、バスと、脚の組み合わせで、片道で, 約4時間かかります。小旅行と言えます。電車やバスの待ち時間もあるからです。
終の棲家での片道1時間のバスと、バスに乗る前と、バスから降りてから歩く、長くて、20分位の日帰り温泉の小旅行の時間を考えると、終の棲家の方が、旅の時間が短いことになります。西米良村付近には、村が多いので、秋になると、古式豊かな、催しが沢山おこなわれますが、それを楽しむとなると、夜の催しが多いので、予め、宿の予約が必要になります。
終の棲家から、片道4時間位の距離というと、南は、鹿児島からその先島、北は福岡、長崎、大分、宮城など、何処へでも行ける時間になります。もちろん, 脚は、高速バスがメインになります。先島は、鹿児島県の島々であり、それらを訪ねるときには、高速船を使うことになります。
運転免許はあり、1月には、更新の予定ですが、車は乗らないことにしているので、車で行くことはありません。
12月29日の小旅行は、家からバス停まで、徒歩、10分、バスにのって, 約12分ほど、最初の電車(新京成)に乗り換えて、津田沼駅まで約40分、JR津田沼駅から快速君津行きに乗り、約、1時間、君津駅から内房線館山駅行きの待ち時間、約、40分、君津から富浦駅まで、約50分、駅からは、岡本桟橋までは、歩きで10分です。電車がある、と言っても、電車の本数は、きわめて少ないので、何かと、いろいろな乗り換えの都度、待ち時間が発生します。
この日は、朝の散歩を兼ねていたので、歩く速さは、時速5キロほどです。手はふりませんが、ワイフから、背筋を伸ばして、まっすぐ、前を見て歩くように言われているので、通りすがりの人は、まもなく、87歳のヨボヨボ老人とは、思わないはずです。
まあ、終の棲家の周りを散歩するときは、時速3キロ位で、ゆったりと歩きます。
歩くのが主目的ではなく、自然や、昆虫や、鳥たちと出会うことも、散歩の重要な目的だからです。
もうちょっと、作戦を立てていけばよかったのですが、岡本桟橋の付近は、店も少なく、立ち寄りする場所も、思いつかず、岡本桟橋まで往き、遠くの富士山を眺め、広い海と、青い空を、見て、ゆっくりと、何回か、深呼吸し、現地滞在、60分ほどで、戻りました。
旅は、家を出たときから始まりますから、現地滞在時間が少なくても、私の場合は、問題ありません。
この間、スェーデンの人から、「この電車は、館山に行くか?」と聞かれ、「はて、館山には、どう、行くか」と考えたのですが、とりあえず、乗車していた電車は、君津止まりなので、「立山にはいかない」と答えたところ、その人は、電車から降りたのです。
そしたら、別の声があり、「君津で乗り換えれば良い」と言っていたので、そのスェーデンの人に、再度、乗車してもらい、その時は、私は、姉ヶ崎で降車する必要があったので、曽我から、姉ヶ崎まで、椅子に並んで座り、小会話をしました。
スェーデンの人とわかったのは、その会話のおかげです。世界のいろいろな海で、海の小さな生き物を、写真に撮っている人で、スマホに入っていた写真を沢山、見せてくれました。きれいな、かわいい写真でした。
海に潜り、写真を撮っているのです。館山にも、珍しい生き物がいるとかで、訪ねる途中でした。
付近の案内地図
南房総の街中を歩いても、八重山諸島の竹富島とか、石垣島とか、鹿児島県の奄美大島のような雰囲気はなく、何もない、普通の街でしたので、街を歩いても、旅の旅情が湧いてくる雰囲気には、出会いませんでした。
駅に戻って、周囲の情報を確認しましたが、もう少し、時間をかければ、近くに、歩いて行ける公園などもあることがわかりました。片道、歩いて30分か、長くても60分位のところです。
ただし、夕方4時には、クール便でおせち料理が届くとの、クロネコさんからの事前の連絡もきていたので、わずか、1時間で、富浦の街を離れました。
国際線で3機内泊、地上ゼロ泊の、国際入札資料提出だけの、米西海岸の海外出張をしたこともあるし、無泊の日帰りアジアの旅を何度(10年で、総計,20回)もしたことがあるので、弾丸旅行は、私の得意芸なのです。変な例では、機内泊連続4日という旅もあったのです。
夕方、4時ちょっと過ぎには、家にたどり着きました。おせち料理は、4時30分頃にきましたので、危うくセーフということになりました。師走に、運送屋さんに迷惑は、かけられません。
帰りの電車の中のTVで。料理の案内があったので、それを覚え、駅近くで降りたとき、そこにある、スーパー「OK」で、その食材を買い、夕食の献立をつくりました。
年老いて、いろいろな人が、「趣味」とか「新しい挑戦」をしますが、私の場合は、何か事を構えて、身に合わないことを突然することより、毎日の日常の中で、必要になる家事を楽しく、「する」ことに重きを置いているので、老後でも「新しい献立に挑戦する」、「遠くに旅に出ること」ことも、ふらーっと、気軽にできる旅でも、家の掃除でも、何かと気軽にでき、家族も喜ぶことができて、自分自身も楽しくできます。
特に、私の場合、仕事が第一の趣味で、野球が趣味で、その野球をやめないで続けるという大谷選手と、ちょっと、本当にちょっとだけ、似通ったところがあります。
仕事って、ストレスがあり、困難なこともありますが、私は、大好きです。少額とはいえ、何かのポイントを貯めるより、はるかに稼げますものね。
昔、40歳台の頃、年取ったら絵でもかいて過ごそうかと思いましたが、油絵を描くことも、結構、エネルギーを使うことがわかり、早々に断念しています。
また、調理師免許を取って、年取ったら、1日数客の予約客だけの、レストランを開きたいなとも思いましたが、実際に実技を獲得するには、畳の上の教練だけではだめと、諦めました。退職後の趣味は、30歳台くらいから始めないと、趣味にならないと思っています。
年老いて、それまで、していなかったことを、始めるのは、とても、大変と思っています。
頭で考えるほど、簡単ではないのです。
まあ、歳とって、わかったことは、会社をやめてから、新たに始めることは、何かと難しいことがわかり、若いころから、取り組んで経験してきた、「自分の好きな仕事で、時間を過ごすこと」、「家事のことで、家族にも、喜ばれるほどの、レベルになって、楽しめること」、「世界のどこへでも、自身の仕立てで行ける、自分の旅を楽しむこと」などなど、沢山の楽しめることがあり、身体もちゃんと動けることを大切に、日々を、過ごせることが一番と思うようになりました。
歳をとったら、「好きなことをして過ごそう」という思いは、「人生最後の、とてつもない思い込み違い」になりやすいので、若いころから、力まずにできる、身近な「趣味」の経験を積み重ねておくことが必要と思っています。
老後は、お金も、自身が思うほどに、ゆとりがないのが普通なのです。
人は、「自身を過信しすぎている」と思うし、「老後は、事を構えてのことは、続かない」と思っています。
「上手な生き方」、「下手な生き方」、結構、違いがあります。老後になってからの努力では決して長続きしません。
最近、電車の中でも、ネットテレビが見られるようになっています。
帰り道、そのTVを見、「今日の夕食は、これ!」と決め、家の近くで電車を降りたとき、スーパーに行って、家のストックにない食材を買い求めました。
豚の薄切り、半分に切られたキャベツ、マイタケ、えのきだけ、しらたき、胡麻ドレッシングなどが、家にない食材です。ニンジンと大根は、家のストックにあります。えのきだけは、いつも、冷蔵庫にありますが、これは、使えません。娘の健康食品として、ストックされているからです。
電車の中で見た、献立に合う、冷凍でない、薄切りの豚肉というと、スーパー「OK」にあります。「OK」の薄切り肉は、パックされており、鮮度が落ちないように配慮されているので、肉をおいしく食べたいときは、お勧めのスーパーです。
行きつけのスーパーは、OK, サミット、TOP, マルエイ、業務スーパー、サンロードなどを使っていますが、何を買うかで、行く店を変えています。また、何処にいるかでも、変わります。土地によって、スーパーの顔ぶれが変わるからです。
家族は、炭水化物を食べないか、食べても小食なので、3人の食事に1人分のうどんのパックを買いました。
富士山と木製桟橋のツーショット 日の出、日の入り、夜がお勧め。
夕飯の準備は、肉の仕込みを最初に行い、その後、野菜を、一口サイズに切り、最後に大根とにんじんを薄く、一口サイズの幅に切り、それぞれ、600Wレンジで、大根は、1分20秒、ニンジンは2分ほどチンして、他の野菜と同じ時間で柔らかくなり、味が染みるように準備しまた。広口のお鍋に、水を少し入れ、塩を振り、料理酒を少し入れ、お鍋キューブを入れて、その後、用意した野菜をお鍋に敷き詰め、その上に、仕込みをした豚肉を、パラパラと片栗粉を振り、指で、片栗粉を肉の表面に広げ、その豚肉を野菜の表面に隙間なく並べ、野菜を蒸し煮しました。今の季節の硬いキャベツを柔らかく蒸すためです。
感じは、温野菜の胡麻ドレッシング和えのように食しました。
電車車内のTVでは、胡麻ドレッシングを自身でつくるようになっていましたが、細かな情報が把握できなかったので、店で売っている、胡麻ドレッシングを使いました。
電車TVを見ていてわかったのですが、同じ場面を確認する必要があるとき、時に、1時間位、電車に乗り続けていないと、同じ場面は、出てこないことがわかりました。一つの確認です。たいしたことではありませんが、不思議と思ったことは、興味を持って確認することが、老人には必要なのです。
美味しく料理が出来ても、キッチンが汚れるのは、多くの奥さん達は、好みません。
私の場合、肉のトレーや、液漏れのおそれのある食材は、スーパーのポリ袋に入れて帰るので、そのポリ袋は、生ごみ用とポリゴミ用に分けて、ごみが発生する都度、それらのポリ袋に入れるので、食事が準備できた段階では、キッチンは、使う前と、同じようにきれいな状態になっています。
まな板で生肉を扱った場合、生魚を切った場合は、包丁とまな板の両方とも、きちんと消毒し、洗い、元の場所に戻します。ワイフとタイムシア―で台所を使うときは、衛生上の配慮は、きちんとすることが必要になります。
基本的には、台所で、ワイフと私の二人で一緒に調理することはしません。
仲が良いからと言って、お互いがイライラするような状況を, わざわざ作ることはしませせん。
終の棲家では、包丁だけは、ワイフが用意した包丁と、私が用意した包丁で。それぞれ3丁ずつあり、計6丁の包丁があります。使うときは、ワイフと私の包丁のどちらでも、好きな方を使います。終の棲家に来る人は、包丁が6丁もあり、それが、指を切ってもわからないほどに、すご~く切れることにビックリします。
おもしろいと思いません?ワイフ用のフライパン、お鍋があり、ワイフ用の食器、コーヒー、紅茶、お茶のセットの食器があり、ワイフ用の包丁セットがあるのです。
私のもあります。例えば、スタバのマグカップは、40くらいの国々・地域のものがあります。瀬戸物の、日常使いの食器は、日本のものがカラフルで,きれいなことがわかります。
家事など、小事をきちんとできる人は、機会があれば、大事もきちんとできると思っています。女性も大事を経験する機会があれば、ちゃんとできます。身近なワイフができるのを見て知っています。
女性が男性より長生きするのは、女性は、歳をとっても、毎日の仕事をきちんと行い、こまめに体を動かしているので、長生きできるのではないかと思っています。
それに、「生きる」という場面では、男性より女性の方が、柔軟性があり、生活環境の変化に、より柔軟に対応できていると思っています。退職するとか、移住するとすぐにわかります。
また、男性に比べ、女性の方が近所に知人が多くいます。男性は、極端な事を言うと、近所で、会話ができる知人がいない人が多いと言えます。もともと、男性は、生きている場所でも、足が地に着いていないのです。そこで老後を頑張るというのですから、本人が意識していない局面から頑張る必要があり、事は、簡単ではないのです。
少なくとも、テーブルに座り、晩酌をしている連れ合いより、健康的に頭を使い、身体を動かしているので、女性は、長生きできると、思っています。
家庭内における夫婦の関係は、大よそ、70歳前後を境として、女性の方が力を増すと思っています。力関係が交代になり、家の中では、奥さんの方が、主導権を持つようになります。
家事をしていたからと言って、人並みな昇格昇給ができない、ということはないと思います。
そういう人は、家事をやらない、言い訳に使っているだけです。
私は、今も、メモを作って買い物をするということはしません。家に何があって、今日の献立では、何が必要かということは、頭の中で整理しています。
電車の中で、車内で放送された内容を見て、家に現在あるものを除いて、必要な物を買いそろえることは、いつでもできます。但し、冷蔵庫の中に食料がぎっしり詰まっている家庭では、無理です。
食事作りは、特に、気張らなくても、毎日できる事柄です。趣味が思い当たらないときは、料理の趣味がお勧めです。家族も喜びます。できれば、若いときに、近くの料理教室にでも通って、基本の「き」は、習得されるのが、お勧めです。
食事後、台所を綺麗に片付け、食器などを、定位置にしまうのも、記憶力なくしてはできません。食器をテーブルに人数分並べるのも、同じです。
食器を洗って, 拭いたのち、元の場所にきちんと収めるにには、かなりの記憶力が必要です。娘の家、息子の家、自分たちの家の3軒で、きちんとできれば、大したものです。
結構、日常生活の中で、楽しめる事柄というのは、多くあって、身体も使い、頭も使い、ちゃんとできると家族も喜びます。
趣味いうのは、身近なところにも、結構、「ある」というのが、私のお勧めです。
退職してからの「趣味」は、意地でやるより、自然にできることがお勧めです。
お正月は、いろいろなホテルのおせち料理を食べてきましたが、今年のおせち料理は、川崎日航ホテルのおせち料理になりました。去年も、川崎日航ホテルのおせち料理でした。
食器は、ワイフの財産の英国の有名ブランドの食器のセットを使いました。豪華な雰囲気です。ネットで調べると、すぐに検索できる食器です。
欧米の著名ブランドの食器は、一部に欠損が発生しても、同じものが常にあるので、補充できるので、いつまでも、セットを楽しめます。
正月だけは、私が食器の片づけをするのを禁止されています。ワイフが自分で後片付けをするのです。私が食器をわることを心配してのことです。
2025年12月31日、熊本の終の棲家に移って、早や、1年が経ちました。あっという間です。正確に1年過ぎたかというと、まだ、腰の据わった熊本生活というより、元の棲家の千葉との間を頻繁に出入りしての1年になりました。
まあ、自然体ということで、千葉との行き来も、特に、こだわることなく続けた1年でした。
熊本の棲家を紹介してくれたのは、ワイフの妹さんです。熊本が姉妹の生れた地ではなく、ワイフの妹さんの嫁ぎ先です。その、私の義妹が、良い出ものがある、とワイフに連絡をくれ、現地で確認し、賃貸として契約したのが、去年の1月です。移住は、2月からとなりました。
移住を、決めたのは、銀行、郵便局、スーパー、コンビニ、バス停、鉄道駅、町役場のすべてが、現在の私の歩きで10分以内にあったこと、広々とした盆地で、「田園風景」と言える家がポツンポツンとあるような風景で、朝夕の散歩コースも、好きなパターンがいくつも作れたからです。
土地が比較的に安いので、民家は、平屋が多く、部屋も広いので、屋根の傾斜を見ると、急な傾斜の屋根が、ほとんどなく、遠くから見ると、おだやかな傾斜なので、特徴のある、おだやかな風景を作り出しています。色彩は、淡い色が多いので、山や、田んぼの風情に溶け込んで見えます。
借りた家も、平屋の1軒屋で、直火の設備ではなく、電磁のコンロであり、広々とした家で、全室、バリアフリーの造りでした。ロボット掃除機を動かすと、ほぼ、1時間で、どの部屋、玄関、トイレまで、ロボットが動きまわれ、掃除ができました。大助かりです。
また、多くの地方の家が、大きなガラス戸は、あるのですが、シャッターがなく、少し不用心な造りでしたが、借りた家は、大きなガラス戸の3つには、すべて、自動のシャッターがあり、小さな窓には鉄格子があり、二つあるドアは、三つの鍵を持ち、その3つ目の取っ手は、外部からガラスを破って手を差し入れても、操作できない造りになっていて、セキュリティが、完全であったことも、気に入った理由になりました。
造りは、保温材をふんだんに取り入れているのか、人が住むようになると、部屋の中は、夏は涼しく、冬は暖かく保てるというのも、決めた理由になりました。、
大きな部屋がいくつもあったので、互いに一方が就寝した後で、起きだし、仕事をしても、他方の迷惑にならない点も、気に入りました。
庭は、大きく、テラスが張り出しており、テラスで夕涼みができる造りになっていたので、逆に草花を楽しむ隙間はなく、家の南側は、日陰を作る木々で、蔽われていました。
駐車場は、2台分あり、車を持たない、私達には、食事会などをするときの、来客用として十分でした。
歳をとっての移住というのは、多くの人が嫌います。新しい住処に慣れないし、近所の人とのお付き合いにも、なかなか慣れないからです。
「移住したくない」とはっきりと言えるのは、「本人が新しい環境に慣れる柔軟性がないことを自覚している」からです。
ワイフにとっては、義妹がおり、かつ、晩年の多くの仕事は、人との接触が必要な仕事が多かったので、何処にでも、すぐに馴染めました。
私は、もともと、人との付き合いは、簡単に始められる学びと訓練を受けてきたので、初めて会う人とも気軽に会話を始められ、特に、移住に抵抗があるとか、移住で困ることはありませんでした。それに、若いときは、ベトナムかニュージーランドに住みたいと思っていたから、移住する目で現地をみてきたので、心なれしていたのです。日本国内なら、何処でも、問題ありません。
生ごみの袋に名前を記載する箇所があり、名まえを書いて出さないと、収集されないと説明を受けたとき、びっくりしました、でも、すぐに、慣れました。
人から集会に誘われれば、地元の行事の集まりにも、お茶の飲み会にも、何かの勉強会にも積極的に参加し、ボチボチですが、近所の人との会話もできるようになりました。
ただ、近所の人の顔を覚えるのは苦手で、スーパーなどで、近所の人と出会っても、挨拶されるまで、判別できないのが、ちょっと、困った点になっています。
1月か2月位の間隔で、人を、招いでの食事会も開催しており、ワイフと私で、作れるもので、おもてなしもしています。
だんだんと、熊本で過ごす時間を長くし、楽しく過ごしたいと思っています。
お墓は、息子・娘が住む千葉にあるので、最後は、千葉にある樹木葬のお墓に入ることになります。
熊本に移る少し前に、私達夫婦のお墓をどうするかの相談がワイフからあり、そろそろ、そうした話し合いをちゃんとしておく時期が来たと思い、ワイフとあちこちを見て回り、千葉の家の近くに、無宗教で、供養するというお寺があり、そのお寺の樹木葬のお墓を購入しました。ワイフとの相談の結果です。
それで、葬式に飾る写真も撮り、最後にまとう衣服も決め、家族葬の大方も話をしました。
ワイフが気に入った一つの点は、ペットたちの合葬墓も併設されて、猫たちも、その
合葬墓に入れるというのも、気に入った理由のようでした。
ペット葬儀場も、結構、混んでいて、夏場だと、すぐに葬儀ができるところを探すのが大変という問題があります。ちょっと、費用が掛かりますが、VIPにすると、すぐに葬儀をしてくれるので、助かっています。ペットの葬儀場は、成田空港近くの葬儀場を使わせてもらっています。
VIP葬儀だと、亡くなったペット達とお別れをする、部屋が用意され、家族が集まって、しばしのお別れの時ができ、猫たちも、少し綺麗に身づくろいをしてもらっての別れです。
その葬儀場では、仮想しているとき、遠くに旅だつ飛行機が、頭上を過ぎてゆくので、猫たちも、たち上がる、目に見えない煙に乗って、遠くに旅立つような、お別れの気持ちになります。
人と同じで、骨壺に入れる時、家族でお骨を拾い、骨壺に入れる、お別れの時もありました。
そのペット達も、私達のそば近くで、永遠の時を過ごすことになります。
永遠といのは、そうした時間というだけで、太陽の核反応が続き、質量がへり、引力が弱まると、太陽を取り巻くガスは、水星、金星、地球、火星、木星、他の天体を包み込み、太陽系のすべての物は、ピラミッドも、スカイツリーもすべてガス化してなくなり、また、別の天体として、固まることを繰り返すので、地球上の物は、何も残らない時がくると思っています。
人生のいろいろな記録を残し、節目、節目で、生活の見直しをしてきた私ですが、1匹のネコで生涯費用がどの位かかるかの記録も作りました。去勢費用から、毎年のワクチン、餌代、トイレ費用、いろいろな診療費用、末期のケア費用、全てのレシートを集計したら、150万円でした。ペットホテルとか、トレミング費用、終末費用などは、なるべく家族で行い、あまり費用かけないでです。
老期に入って、毎日の、水分補給のために、皮下注射が必要になったときは、薬液だけ、犬猫病院でもらい、注射は、毎日、ワイフがしての、費用です。私もする、と言ったら「あなたには、免許がない」と断られました。ワイフの免許は、人間用の免許です。犬猫だったら、良いのかな、と思いました。わたしだって、皮下注射ならできるさ。吸収速度は、遅くなるけど、血管を探す必要はないからです。


