こんばんは。

 

三連休最終日の今日は

天赦日

ライオンズゲートが閉じる日

でしたね。

何か開運アクションされましたか?

 

さて、前回お盆に入る前の

行事を書きましたが、

10日に千本ゑんま堂

お精霊さんをお迎えに行き

千本釈迦堂で六道参りをし、

北野天満宮の御手洗神事で禊をし、

11日はお墓参りにいきました。

本日は大掃除

とモリモリの週末を過ごしました。

 

これでお盆の準備

ばっちりや~(≧▽≦)

 

前置きはここまでで

前回のブログで

小野篁(おののたかむら)

の話をしますね、って

書いたので

今日は小野篁のお話です。

 

小野篁はあの美女と名高い

小野小町祖父とされる人物で

嵯峨天皇に仕えたそうですが、

昼は朝廷に出仕し、

夜は京都の東に位置する

六道珍皇寺(ろくどうちんどうじ)

の境内から閻魔庁に勤め

閻魔大王の裁判の手伝い

していたとされています。

 

冥土から帰るのに使った

黄泉がえりの井戸」は、

今もこのお寺にあります。

 

六道珍皇寺がある場所は

今でこそ賑やかな街中で

祇園にも近い場所ですが

その頃(平安時代)は都の外れ、

葬送地である鳥辺野の入口

だったようです。

 

近くには「みなとや幽霊子育て飴本舗

という、興味をそそられる

名前の飴屋さんがあります。

その名前の由来には

こんなお話があります。

 

むか~し、むかし

夜な夜な飴を買いに来る

女の人がいました。

 

彼女の置いていった

お金は木の葉になり

不思議に思った店主が

後をつけていくと、

お墓の所で女の人の姿が

消えました('Д')

 

そこを掘り返してみると、

女性の遺体の横で

赤ん坊が元気な声で

泣いていたのです。

 

子を産んだ女の人が

幽霊の姿に変わり、

子どもの命を守り

育てた、ということで

以来、幽霊の子育て飴

呼ばれたそうです。

麦芽糖の素朴で懐かしい飴です。

 

・・・にしても、

夜に墓まで行き、

墓を掘り返してみるって

どんな好奇心やねん('Д')

 

私なら怖くて

よー行かんわ('Д')

 

ましてや墓を掘り返すって

どやさ!とツッコミ入れたい

気持ち満載のお話ですが、

多分、この話は

ソコじゃなく、

母の深い愛情を伝えた

お話だろうと思われます(^^;

 

六道珍皇寺の付近には

平清盛が建てた

六波羅蜜寺」があり、

銭新井弁財天様もいらっしゃるし、

恵比寿神社も近いし、

祇園も近いので

怖い話が好きな人も

そうでない人も

京都観光のコースに

入れて見られても

楽しめるのでは?

と思います。

 

今日も旅行者の

パンフレットみたいな

内容でオチはありません(^^;