神保町付近に新作執筆のために再びこもっている。

色々と予期せぬことが続き、精神が参ってしまったこともあり、資料を読む手を止めて映画を観てしまった。

昨日のことである。コンサートの資料のCDを探しに神田の古レコード店に出かけ、ピアソラのCDを五枚買った。大通りに出ると、岩波ホールがあった。それで、前から観たかった、「汽車は再び故郷へ」というグルジア出身のオタール・イオセリアーニ監督の作品を観たのだ。

疲れのせいもあり、予告編の二本ですでに泣いてしまった。「キリマンジェロの雪」「オレンジと太陽」という二本の映画の予告編だ。両方とも「世界にはこんなに苦労しながらも人々を助けてくれる良い人がいるのだから、私たちも今の苦難を乗り切って頑張ろう!」と思わせてくれる映画のようだった。

お客様の一人に「昨年、ゲゲゲのげを観ました。面白かったです。」と声をかけられた。最終の回で、30人ほどのお客様だったので、凄い確率の偶然だった。

グルジアは二度ほど行っていて、大好きな国であったので、この映画は楽しみにしていた。

最初はペレストロイカ以前、旧ソ連だった時、二度目は独立した後の紛争直後で、難民の方たちの劇団の芝居を観た。グルジアは演劇が盛んで非常に面白い舞台を作る国である。しかし、独立後はほとんどの演劇人がロシアに亡命してしまったと聞く。

この映画はグルジアがまだ旧ソ連だった頃の話で、監督自身のかつての映画作りを独特のドキメンタリータッチで描いている。

共産党からの圧力で自由に作れない苦しみからフランスで撮影しようとしたが、フランスでもプロデューサーからの圧力で好きには撮れない。しかも、グルジアで理解された自分の作品のテーマはフランスのお客には全く理解して貰えなかった。公開された映画を観て帰って行くお客の表情が面白い。「バンドワゴン」でシュールな舞台を観た後に劇場を後にするお客の表情を思い出した。その観客の表情を映画館の入口の陰で観察している監督自身。 作り手はみんな体験する胃の痛くなる瞬間である。

とにかく色々な圧力があり、いかに批評され非難されても、作り手の想像の翼、自由なイメージは拘束されるものではないということをこの監督は言いたいのだ。

黒人の美しい人魚の映像がそれを表している。ドキュメントのように見せかけて、人魚が微笑む。しかも、ディズニーの人魚ではない。この監督のオリジナルの人魚である。国籍も人種も超えた人魚の微笑みである。

頑張ろうと思った。