皆さん真剣に観ていただき感謝です。


小学校の頃から山形県民会館で舞台を見続け、いつか自分で創りたいと夢を見続けて、こうして69歳まで続けてこられたのも、支えてくれた仲間達、そしてお客様の、おかげです。

そして日本に戦争が無かったから。


父ちゃん、母ちゃんにも観てほしかった。

反対されて、女はいないと思ってくれ!と啖呵を切って東京に出たけれど。


結局はずっと応援してくれて、毎月食べ物と三万円の仕送りを送ってくれた両親。

思い出して泣いてます。

 

山形公演三階席まで大入満員!


ありがとうございました!
皆様お疲れ様!本当に感謝!
ふるさと山形で大千秋楽を、迎えられて幸せです!
 

唐さん!お疲れ様でした!そして本当にありがとうございました!


唐さんのお通夜ではNHKのアナザーストーリーがエンドレスで流れていて、

最初に中村勘三郎さんの舞台の映像がアップになり、勘九郎さんの言葉が流れます。

唐さんのテントに憧れて平成中村座を勘三郎さんが立ち上げた話から唐さんのこれまでの演劇人生が甦る演出です。


真っ赤な薔薇の祭壇といい、まるで唐さんの演出のようだとお経を読んでいた雑司ヶ谷、鬼子母神の法明寺の住職がおっしゃいました。
いつものおしゃれな帽子を被った唐さんの棺を見ながらお経を読むのは悲しくて涙が止まらないと。まさかこんな日が来るとは!と。


親しかった勘三郎さんとの出会いも唐さんが繋げて下さったことを改めて思いました。

唐さんは、本当に亡くなってしまいました。

唐さんの冷たい小さい手を握って50年の夢が全身に沁み込んで皮膚に溶け込みました。
本番中の唐組の皆さん頑張って!
去り難く、写真を撮らせていただいた演劇の仲間たち。

柄本明、川村毅、木野花、銀粉蝶、宇梶剛士さんら。
 

唐十郎さんが亡くなってしまった。
精神的支柱を失った思いで、昨日からずっと考えている。


私が25歳の時に書いた「夜の影」という戯曲が演劇雑誌の新劇に掲載された時、
唐さんが評価してくださり、岸田國士戯曲賞候補と勘違いして、当時の先輩の劇作家達に、面白い作品だと紹介して下さったという。

そして翌年のゲゲゲのげの戯曲賞に繋がって行ったと聞いている。


 今、こうして戯曲を書き続け、演劇を続けているのは、唐さんのお陰と言えるだろう。
大喧嘩をして四年間絶交したこともあったっけ。
しかし、唐さんの作品の魔力と人間的な魅力とで親しく付き合わせていただいた。

唐組のメンバーにも並々ならぬお世話になり、唐さんの生み出した演劇の子供達とも長い付き合いが続いている。
六月にお会いできる事を楽しみにしていた!もっともっと話したかった。残念でなりません。

寺山修司さんと同じ日に亡くなるなんて!生前寺山さんが「唐は君を買ってるんだね?君も良いけど、でも如月小春も良い作家だよ」などと私に言ったっけ。寺山さんは唐さんを凄く意識していましたよね?
私が28歳の時に演じた唐さんの作品少女仮面の春日野八千代役の写真もあげます。

この作品がきっかけで、俳優の仕事をやり続ける事になりました。