ICUから病棟へ。そこから始まった、想定外の試練


ICUから病棟の個室に戻ってきた。



手術前の説明で、傷がとても大きいため、感染予防のためにしばらくは個室になると聞いていた。



案内されたのは、ナースステーションの目の前にある個室。



通称「重症部屋」ニヤニヤ



個室とはいえ、ドアは片方が常に開けられていて、いつでも対応できるようになっている。



心電図の機械も装着。 


食事はしばらく食べられないので、鎖骨の下から中心静脈栄養。 


さらに、背中の脊髄からモルヒネが持続的に入るカテーテルを入れて、痛みをコントロールしていた。



……と、ここまで聞くと、万全の態勢に思える。



ところが、現実はそう甘くなかったアセアセ



麻酔が入っているにもかかわらず、少し動くと痛い! 



「あ~、これ、いつまで続くの?」 


「いったい、どうやってやり過ごせばいいんだ……」



先の見えない痛みに、ただただ途方に暮れていた……。


えっ、今度は言葉が出ない!?


そんな状態で過ごしていると、今度は何だか様子がおかしくなってきた。



頭の中では言葉が浮かんでいるのに、口から出てこない。



誰かに話しかけられても、何も答えられない。



えっ? 何で? 

しゃべりたいのに、しゃべれない!



しかも、首が後ろに反ったまま、自分では元に戻せない。


 目線も天井ではなく、ベッドの頭側を向いている。



これは、さすがにおかしい滝汗



異変に気づいた母が、看護師さんに相談してくれた。



ところが、あいにく主治医は学会で不在。

こんな時に限って(笑)

いつもそう、今でもなぜ今⁉️が多い爆笑



代わりに来てくれた先生によると、脊髄からの麻酔の薬の配合が強すぎた可能性があるとのこと。



ただ、そのカテーテルを抜けば、今度は痛みが強くなる。



う~ん……。
どっちに転んでも大変じゃんガーン



悩ましい状況だったが、薬の副作用が疑われたため、脊髄のカテーテルを抜き、痛みが我慢できなくなったら注射をする方法に変更することになった。



すると、話せない症状も、首が反った状態も改善。



ひとまず、こちらの異変は落ち着いた。


しかし……。



麻酔を抜いたら、案の定、痛みが襲ってきたガーン



ですよね~。
そう簡単には終わらせてくれない……。


右足の「やり場がない」問題


さらに私を苦しめたのが、右足の重だるさと、何とも言えない耐え難い感覚だった。



もう、どうにもこうにも落ち着かない。



足をどう置いてもダメ。 


じっとしていてもダメ。



まさに、「足のやり場がない!」



静脈を1本取ったことが関係しているらしい。



この感覚があまりにもつらくて、気が狂いそうになるえーん



どうすれば、この不快感から逃れられるのか。



たどり着いた方法は……。



わざと右足を痛くして、別の痛みでごまかすこと。



今思えば、何とも苦肉の策である笑い泣き



しかも、この右足の耐え難い感覚は、手術から28年たった今でも、ときどき顔を出す。←いい加減解放してネガティブ



28年たっても、まだ付き合いが続いているとは……。 



長い夜は、まだまだ続く



こうして、痛みや耐え難い感覚が限界に近づくと、注射をして何とかやり過ごしていた。



ところが、しばらくすると、注射の薬が切れる頃に体がおかしくなるような気がしてくる。



「何か変だ……」



そう感じると、ナースコール。



どうやら、使っていたのは依存性のある強い薬だったようで、その後、注射薬は別のものに変更された。



痛みを抑えたい。 

でも、薬の影響も気になる。



次から次へと起こることに、もう頭が追いつかないうずまき



手術が終われば、あとは傷が治るのを待って……。



なんて、甘い考えだった。



こんなことになるとは、手術前には想像もしていなかった。



「はぁ~、これからどうやって乗り切ればいいんだ……」



そんなことを考えながら、また夜を迎える。



そして、長い長い夜は、まだ続くのであった……。



つづく。