人生初の手術


入院してすぐ、詳しい検査を受けることになった。


腫瘍の一部を取り、詳しく調べる必要があるということで、人生初の全身麻酔での手術を受けることに。


手術前日は緊張して眠れず、当日は朝早くから点滴を入れ、時間になるまでベッドで待機していた。


病棟を出る前には筋肉注射。


大人になってから注射をする機会なんてほとんどなかったので、


「え? こんな感覚だった?」

と、驚いたのを覚えている。


そのうち、だんだんぼーっとしてきた。


手術室に向かっていることは何となくわかったけれど、ほとんど眠っていたようだ。


手術内容によるのかもしれないが、当時はストレッチャーに乗せられて手術室へ向かった。


どんな部屋だったのかは、ほとんど記憶にない。ただ、人の声がたくさん聞こえたことだけは覚えている。


次に目が覚めたのは、手術が終わって病室に戻ったときだった。


全身がだるい。

なんだか寒い。


その後は今度は暑くなり、発熱。

「う……なんだ、この痛み」


これまで経験したことのない体のつらさに、いろいろなことを感じていた。


これが人生初の手術。


手術自体は、たった20分ほどで終わったそうだ。


看護師さんが何度も点滴を替えたり、痛み止めを投与してくれたり、たくさん対応してくださった。

あのときは、本当にありがたかった。


「悪性の脂肪肉腫です」


それから1週間。


検査結果の説明を受けるため、母と一緒にナースステーションの隣の部屋に呼ばれた。


窓のない、細長い部屋。


そこには医師が5、6人、看護師長さん、そして複数の看護師さんがいた。


その光景を見て、心の中で思った。


「あ、これはやはり悪性か」


先生から言われる前に、何となく察していた。


主治医から告げられたのは、


「悪性の脂肪肉腫というものです」


という言葉だった。


さらに、希少がんの一つであり、腫瘍は約32cm。


骨盤内にも広がっているため、このままでは手術ができないという説明を受けた。


こういうとき、何と返事をすればいいのだろう?


頭の中でそんなことを考えていた。


20歳の私には、もちろん答えなんて出なかった。


ただ、頷いていただけだったと思う。


隣にいた母は、どんな顔をしていたのだろう。


怖くて、見ることができなかった。


治療の説明。そして、

左足を切断する可能性


詳しい検査の結果、私の病気は「粘液型脂肪肉腫」だとわかった。


このタイプは放射線治療が効くため、まずは放射線治療を行い、その後に手術をするという治療方針になった。


当時は、効果が期待できる抗がん剤がなかった。


そのため、放射線治療の効果があまり良くなければ、術後に抗がん剤を使うことも予定されていた。


そして、先生から告げられた言葉。


「もし治療の効果があまりなかったら、最悪の場合は左足をすべて切断することになります」


まじか……。


そのとき、私が真っ先に考えたのは、病気そのもののことだけではなかった。


「車いす生活になったら、今の大学は継続できないよね?」


せっかく入った大学。

友だちもできて、楽しい大学生活を送っていた。


それが大きく変わってしまうかもしれない。


そんなことが、頭の中をよぎっていた。


病名の説明に続いて、治療方針や生存率についての話もあった。


腫瘍が大きく、かなり進行しているため、転移の可能性もあるという。


「進行している」「転移」という言葉を聞いたとき、


「え? もしかして、20歳で死ぬかも……」


そんな思いが頭をよぎった。


幸い、まだ転移はしていなかった。


そのことがわかったときの安堵感は、今でも覚えている。


自分でも病気について調べてみた


最後に質問を受け付けてくれたけれど、頭の中がいろいろなことでいっぱいで、何も思い浮かばなかった。


すると先生が、


「図書館に行って文献を見てきて、質問してもいいよ」


と言ってくださった。


そう、私は同じ大学の学生だった。


後日、図書館に行き、自分でも病気について調べてみた。


そこには、先生から説明されたことと同じような内容が書かれていた。


原因は不明。


「何で私が?」


それまで健康だったよね。


20歳でがんになるんだ……。


いろいろな感情が、頭の中をぐるぐると回っていた。


こうなったら、勝つしかない!


そんな中、ある瞬間に気持ちが切り替わった。


「こうなったら、勝つしかない!」


そう思った途端、不思議と感情が落ち着いた。


20歳で終わるなんて、絶対に嫌だった。


せっかく頑張って入った大学。


友だちもできて、とても楽しい大学生活を送っていた。


このままでは終われない。


そう思った。


「大丈夫?」という言葉


説明が終わり、病室に戻ってしばらくすると、担当の看護師さんが声をかけてくれた。


「大丈夫?」


その言葉を聞いたら、泣き崩れそうになった。


大丈夫ではないのは、確かだった。


でも、現実と向き合ってやっていくしかない。


私が泣いていたら、両親がさらに悲しい、つらい思いをする。


それだけは避けたかった。


そんなことを考えていた。


後になって、ふと思ったことがある。


「こんなとき、どんな声をかけたらいいのだろう?」


私は将来、医療ソーシャルワーカーの仕事をするつもりで福祉学部に入った。


だからこそ、患者さんがつらい状況にいるとき、どんな言葉をかけたらいいのかが気になった。


人生が変わるかもしれない瞬間に、「大丈夫」と思える人は、そうそういないのではないだろうか。


頭の中の整理もつかない。


これからどうしたらいいのかという不安もある。


病状によっては、生きられるのだろうかという恐怖まである。


もちろん、看護師さんの声かけが悪かったと言いたいわけではない。


心配して声をかけてくれたことは、十分に伝わっていた。


ただ、こういうときの言葉の選び方は、とても大切なのかもしれない。


この経験は、後に福祉の仕事をするうえで、私にとって大きな意味を持つことになった。


次回から、いよいよ治療が始まる


こうして、私の放射線治療がスタートする。


20歳でがんを告げられ、これからどうなるのかもわからないまま、治療に向き合う日々が始まった。


次回は、放射線治療が始まってからの体調や、そのときの気持ちについて書こうと思います。


ここまで読んでくださって、ありがとうございましたおねがい