光の部分と影の部分
世の中、光があるから影もあります。光だけでは存在感としては意味がなく、影があるからこそ光はより輝くんだと思っています。だけど、現実、光の部分と違って影の部分は見過ごされがちなことが多く、光の部分だけに目が行ってしまいます。
いつも光の部分だけ見ていると、ふと影がどんなカタチなのか、どんな様相なのか、どんな色なのかが見えなくなってると気づかなくなんだなと思います。目が明るいのに慣れてしまうから。急に暗い部屋に入って何も見えない、あんな状態。
影は影なりに光と同様に存在感があるのですが、影ということもありしゃべりません。でも、影にもいろいろ存在します。物語っています。そんな影をでも光はわかってくれない。影で見えないし、暗いし、何やっているのかわからないものだから。光が急に入ってきてもまぶしすぎて何もできません。
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脚光を浴びる施策。しかもそれが傍から見てうまくいっているように見えます。その施策をする側、それをやった側、それによって逆に影響を受けた側だってあります。急に予期もせず時間を作る必要すら出てきたり。大義名分があるからとかといって享受される側だけ良かったからってうまくいっているとは思わないでほしい。見えない部分のケアについてが大事なんです。
なんて話していても意味がないのですが・・・
自分の得意な分野、得意なシゴト、得意なやり方、進め方。ペース。いろいろとあると思います。もちろん、そういうやり方進め方が良いかどうかはわかりません。むしろほかの人からすれば理解できない進め方だろうし、効率が悪いことかもしれない。悪く言えば、こじつけてあたかも完全に否定されてしまうコトだってあります。
そういう否定をされてばかりだと、いったい何を見てやっていけばいいのか、得意だった(はず)のこと、やり方だった(はず)のことがみな崩れていきます。自信をなくします。「これを乗り越えれば・・・」といわれてももう気休めにしか聞こえません。自分のやり方に自信を持てず、納得いかない状態でモノゴト進めていくんだから。
まぁいいのか。それで結果が光ってさえいれば。
じぶんがどうであれ。
シゴトっていつから楽しさを失ったんだろう。
充電式EVOLTA(エボルタ)
電池って1年間でどれぐらい買ってるんだろうと考えたりしないんだけど、何気に時々買っているし、何かといろんなところで使っているはず。
使い捨てが基本の電池。だけど最近のエコロジー化は電池にもやってきました。繰り返し使える充電式ニッケル水素電池。
SANYOのエネループをこれまで使ってましたが、あえて今回はパナソニックのエボルタを買いました。理由は特にないです。ただ、情報によると、エネループもエボルタの充電器がつかえるみたいだから大丈夫。まぁ、どちらかにあわせていくと思いますが・・・。
徐々に家中の電池を充電式電池にしていくつもり。
ちなみに家の電池使うモノで充電式の電池に切り替わってる率はざっくり今のところ60%です。ほとんどはリモコン関係でしょうかね。ざっと見渡すだけで、乾電池使うリモコンが7台。
ありすぎ?








