待っていた電車が動く。
別に電車に乗るのが、わくわくというわけではないが、やっと動く。
これで先が見えた。
家に帰れる。
コンコースからデッキに出るまで、私は随分、速足で歩いた。
いつも持ち歩いている万歩計はいくつだろう。
いいや。
いくつでも。
ついでに、朝買ったお菓子も、バッグのお供のキャンディもバクバク食べていたではないか。
何歩歩いても一緒だ。
それより、いい加減足が痛い。
どこか少しでも腰かけておくべきだった。
きっと、これから○○@駅からの電車は混雑していて座れるわけもないのだから。
駅前から少し車道を歩き始める。
私も含めて駅から始った競歩大会は路肩から随分と車道にはみ出ていた。
・・ッパァー!
渋滞で列を成している上にイライラしている乗用車からクラクションを鳴らされる人も出ている。
お車様、あまり競歩ランナーを刺激しなさんな。
皆、気が立っているから、大事なお車、蹴とばされるかもよ?
気の短い車がライトを上向きにして歩行者を急かせる。
あんだよ?
まー。相手にするほどこっちも暇ではない。
何せ、時間が決っている。
22時48分には、運命の始発電車が出る。
競歩大会の参加者はざっと100人から居たように見える。
もっと後にはもっと続いていたのだろうが。
踏切をまたぐ。
どうせ電車はまだ動いていない。
線路の端を見たが、まるで終電の後のようにひっそりしていた。
「でも、約束の22時48分発はきっとくる。」
それだけを胸に。
ときに車道にふくれながら、人同士で抜きあいながら、私たちは○○@駅に辿り着いた。
先程のやんちゃ騒ぎと違い、駅の改札はいつものこじんまりとした様子だった。
構内放送がスイッチが入ったままなのか、だだもれで聞こえてくる以外はたいして混乱をきたしていなかった。
私はごちゃごちゃした荷物の中から定期券を取出し、改札を通過した。
古くて頼りない階段を渡ると、狭いホームには人が溢れていた。
皆、もう、どうにでもしてくれという顔をしている。
先程の元気はもう無いように見られた。
22時45分。
列の後に並びながら、ホームから落ちそうになりながら、電車を待った。
列の頭のほうではお婆さんが必死に先頭を守っている。誰だか、連れの分の空間をその荷物で確保するのだが、あまりの人だかりはその荷物を蹴散らしそうであった。
「動きだした」という情報が流れたのか、階段の上に人が押し寄せる音がする。
22時48分。
この時間に電車は入線して、発車する時刻だった。
入線どころか、車両は一つも動いていない。
信号も赤のままだ。
階段の上ではドカドカと足音がしていたが、やがてピタリと止まった。
話し声がするだけである。
改札のほうを振向くとパトライトの赤が点滅している。
ここにも県警が来たのかもしれない。
22時55分。
お婆さんの連れが帰ってきた。娘さんか。とは言え、うちの親より上の感じだった。
良かったね。間にあって。
ホームの上に居るであろう人に向けて何やら説明がされている。
改札には再び人が押寄せてきている。
23時。
さすがに、どうよ。
日本の鉄道の時間の正確さは世界一と言うが。
「定刻発車」という著書を夫が私に読むように薦めたが、悪いが、全部読み切れていない。
いいんだよ。多少のズレがあったって。こまけぇことはいいんだよというアスキーアートの通りだ。
それより、いかに”止めないか?”そこを論じようよ。
そもそも、安全に国民を輸送するというところが論点なんだよ。目先の1・2分においてキャーキャー言いなさんな・・・といいたい。
見ろ。この惨状を。
この狭いホームの頭上の階段ではきっとロープで規制があるのだろう。
落ちそうでいて、それ以降、人が増えていない。
ただ、溜った人の不満は随分と膨れ上がっているに違いない。
23時すぎ。
やっと信号が変わった。
「電車、2番線に入ります。列を崩さずお待ちください」
え?
皆、1番に来ると思ってそうして列を作っていたのだが。
放送を受けて一斉に回れ右した。
図らずも私は列の先頭となって電車を待った。
23時08分。
入線した電車に乗込むことができた。
あのお婆さんは座れただろうか?
ぎゅうという音がするほど一斉に乗込む人の向こう側で座れなくてがっかりしているのでは?と心配した。
が、見えないほどの乗客だ。諦めてもらうしかない。
そうだ。
携帯電話の電源を入れた。
夫からメールが8件入っていた。
「電車動いているのに、何してんだ?」
以下、同様。
彼の頭の中では、もう動いていることになっているらしい。
「動いていないよ。今、乗込んだところ」応答メールを送る。
何してんだ?
その問いに答えてみた。
電車待ってるんだよ!
どうだ!驚きやがれ!!