どこに連れて行く。 | 働きアリのブログ

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働いても働いても遊べません

年に5、6回休日出勤する。

帰宅時には、遊びの人達と電車の中でごっちゃになる。普段見かけないような人と同じ車両に乗合せることとなる。

夕方18時位に横浜から帰ってきたときに、4人がけのイスに座った。


途中の乗換駅から初老のオジサン二人が乗ってきてイスの一方に座った。
片方はほろ酔いで、片方は静かに話す品の良いオジサンだった。


ほろ酔いのオジサンは奥さんの悪口やら、親せきの悪口やらをやたら言っていたが、品の良いおじさんはおとなしく聞いて、時々あいずちを打ち、それは大変だね、とほろ酔いオジサンに言っていた。

少しすると、品の良いおじさんが、ほろ酔いおじさんの手を取った。
「ほら、こんなにいい相をしている。こんなすごい人はいないと言ったでしょう。もっと自分に自信を持っていいよ」
「んなぁこと言っても、周りが俺を認めねーんだから、しかたないが」

「いや、いや、トクさん、私はあなたのこんないい運勢をもったいないと思うのだよ」
「んー?」トクさんと言われたほろ酔いおじさんは手を取られながら、指で手相をなでられている。


「宝玉(この字か?)の相と言って、宝を持つすばらしい人なんだよ。こんな人をね、是非、先生に紹介したい」
「先生は何先生なんだ?手相先生か?」
「そう。運命のね。先生なんだよ。だからトクさん、いい話を聞きましょうよ」
「いい話って、そら、話しするだけなら、なんでもいいよ。でも腹減ったから家にも帰らないと」
「駅下りたら直にだからさ。話しはすぐさ。終ったら、ほら、さっき話した蕎麦を食べようよ」
「そうか。直か」

品のいいオジサンは巧みに約束をとりつける。


そのうち、やっぱりと言ってトクさんは席を立って途中の駅で下りると言う。

手相オジサンは無理に引き留めない。
「じゃぁ、仕方ないね。トクさんが、大事に思わなきゃ仕方無い。」

凛とした声で続けた。
「でもね、約束だよ。さっきみたいな悪い事はもう口にしちゃいけないよ。言えるのは俺と先生の前だけだよ。
今家に帰ったら奥さんに心から詫びなさい。できないと言うなら、先生に会いに行こう」


トクさんは手相オジサンの顔をじっと真顔で見て、すぐにニャッと笑って席に戻った。


「俺が今更、カミさんに詫びるなんてできないから、相談に乗ってもらったんじゃぁないか。忘れちゃいけねぇや」
手相オジサンはまた、手相を辿ってあーだ、こーだ始めた。


隣に座っていて、すっと背筋に寒気を感じた。
これから、トクさんはどこへ連れて行かれるのだろう。
先生。絶対胡散臭い奴に決っている。


でも、手相オジサンのこの物静かな勧誘は何だろう。
本当に引込まれるのはこういった勧誘なのだろうと思った。すぐそこにある、悪意のない、親切に見えるもの。
こんな風にして人は誘いこまれ、どこかへ連れて行かれるのだ。


私が車両から下りるとその車両にはもうオジサン2人しか残らなかった。

電車から下りると外はまだ寒かった。