自然にできたままで
あるのです
この事を忘れてはいけない
つまり未来は私たちが作って行くもの
大工のように
暗示の呪縛を知り、呪いを心に止めないように
いい暗示だけを選んでいけるように
大言・偽善・ネガティブ・敵意・思想・思い込み・妄想に騙されないように
この事を忘れてはいけない
つまり未来は私たちが作って行くもの
大工のように
暗示の呪縛を知り、呪いを心に止めないように
いい暗示だけを選んでいけるように
大言・偽善・ネガティブ・敵意・思想・思い込み・妄想に騙されないように
どこをどう曲げればそういう解釈になるんだ?
目以上、歯以上に復讐してはならないという解釈まではわかるのだが
どう見ても拡大解釈だろう
美化
Q牧「十字架のゆえに復讐してはいけない」
ほんとにそう書かれてあるのか?
これも拡大解釈だろう
許すのは軽く引っぱたく程度
心では全てを許して愛していても、愛ゆえに応戦しなければならない場合もある
憎しみで戦うわけではない
愛しているからこそ戦うのだろう
戦いというと憎しみしか思い浮かばない人はサタンです
目以上、歯以上に復讐してはならないという解釈まではわかるのだが
どう見ても拡大解釈だろう
美化
Q牧「十字架のゆえに復讐してはいけない」
ほんとにそう書かれてあるのか?
これも拡大解釈だろう
許すのは軽く引っぱたく程度
心では全てを許して愛していても、愛ゆえに応戦しなければならない場合もある
憎しみで戦うわけではない
愛しているからこそ戦うのだろう
戦いというと憎しみしか思い浮かばない人はサタンです
実際は水面から顔を出して呼吸をするのがやっとで、声を出す余裕がないことが多い」
前にも書いたような気がする
ただ、泳いで助けに行くとしがみ付かれて溺死します
ほぼ二人とも
筋肉があっても逆に沈みやすくなる
この事故はほんとに多い
この場合の対処法は木や発泡スチロールやロープや空のペットボトルを投げてつかませる
ロープが無ければ服やズボンや枝などで
浮き輪などがあればそれを投げる
だそうだ
前にも書いたような気がする
ただ、泳いで助けに行くとしがみ付かれて溺死します
ほぼ二人とも
筋肉があっても逆に沈みやすくなる
この事故はほんとに多い
この場合の対処法は木や発泡スチロールやロープや空のペットボトルを投げてつかませる
ロープが無ければ服やズボンや枝などで
浮き輪などがあればそれを投げる
だそうだ
「刻印を押される」というのも読書の事かもしれない
「額か右手に刻印」とありますが、右手は左脳に支配されているのだったと思います
つまり前頭葉か左側頭葉に刻印ということか
前頭葉は前向き、ポジティブ、聖霊的発想
左脳は文法的思考・計算
右脳は空間・視覚的思考、視覚的計算
後頭葉は視覚
だったと思います
「額か右手に刻印」とありますが、右手は左脳に支配されているのだったと思います
つまり前頭葉か左側頭葉に刻印ということか
前頭葉は前向き、ポジティブ、聖霊的発想
左脳は文法的思考・計算
右脳は空間・視覚的思考、視覚的計算
後頭葉は視覚
だったと思います
基本は乗り越えるべき自分の中の悪霊のことだろう
そしてそれを乗り越えた者は救われるのだということだ
「かん難」とは五島氏の著書のことではないかと推測した
五島氏の世界を通らないと真の救いには到達できないのだと
そしてそれを乗り越えた者は救われるのだということだ
「かん難」とは五島氏の著書のことではないかと推測した
五島氏の世界を通らないと真の救いには到達できないのだと
死ぬならそう書かれてあるはずだろう
ただ売ることも買うこともできなくなるのだ
あげたりもらったりの物々交換や現物支給になることを示しているのかもしれない
またはそれだと困るから、クリスチャンも獣の世界に入り従うことになるということかもしれない
獣の洗礼を受けることになるのだと
または「売る買う」とはもっと別の象徴とも考えられる
ただ売ることも買うこともできなくなるのだ
あげたりもらったりの物々交換や現物支給になることを示しているのかもしれない
またはそれだと困るから、クリスチャンも獣の世界に入り従うことになるということかもしれない
獣の洗礼を受けることになるのだと
または「売る買う」とはもっと別の象徴とも考えられる
「殺される者もいる」とあるだけで「たくさん殺される」とは書かれていないと思う
殺人事件なんてノンクリでもたくさん起こっているわけで、洗礼を受けたからと言って安全になったというわけではないよということを言っているのでしょう
つまり実質的な信仰にかかっているんだよということを
しかも聖書予言は絶対的なものではない
Q牧師がいる限り私はこの作業をやめることができないor
Q牧「獣の名を右手に書かれるんですよ。それを拒むと殺されるんですよ」
獣に殺されるとは書かれてないんじゃないかな
私の解釈では「獣」とはキリストのこと
キリストが人を殺すことはないだろう
ペテロさん「調べた結果日本人は旧約の偶像崇拝のことについて知らなかったらしいんですよ」
Q牧「知らないわけないですよ」
いやちゃんと調べて書いてあったというんですから頭ごなしに否定するのはおかしい
ひどい
相変わらず仏教を完全否定しているしよく知りもしないことを否定するのはほんとに良くない
ファッション的に受け入れたなら旧約なんて読まないだろう
しかも古語みたいのだったろうから読んでもよくわからなかったはず
牧師自身「ローマはカトリックなのに福音のことを知らない人がたくさんいる」と言っておいてなんで「偶像崇拝のことを知らないはずはない」と言えるのだろう?
現にカトリックは偶像崇拝しているではないか
日本に入って来たのはカトリックだった
だから偶像崇拝がいけないということは知らなかったとわかる
またはそれほど熱心ではなかったと
敵意持ってたら受け入れられないということがわからないのだから心の病は厄介だ
勝手な解釈をして思い込んでしまう妄想も手に負えない
この妄想は敵意から出ている
辞書には無かったがパラノイアとはマニアとは頑固とは「敵意」のことなのだ
前に「頑固にはいい面もある」と書きましたが重度になるとあまりないようです
殺人事件なんてノンクリでもたくさん起こっているわけで、洗礼を受けたからと言って安全になったというわけではないよということを言っているのでしょう
つまり実質的な信仰にかかっているんだよということを
しかも聖書予言は絶対的なものではない
Q牧師がいる限り私はこの作業をやめることができないor
Q牧「獣の名を右手に書かれるんですよ。それを拒むと殺されるんですよ」
獣に殺されるとは書かれてないんじゃないかな
私の解釈では「獣」とはキリストのこと
キリストが人を殺すことはないだろう
ペテロさん「調べた結果日本人は旧約の偶像崇拝のことについて知らなかったらしいんですよ」
Q牧「知らないわけないですよ」
いやちゃんと調べて書いてあったというんですから頭ごなしに否定するのはおかしい
ひどい
相変わらず仏教を完全否定しているしよく知りもしないことを否定するのはほんとに良くない
ファッション的に受け入れたなら旧約なんて読まないだろう
しかも古語みたいのだったろうから読んでもよくわからなかったはず
牧師自身「ローマはカトリックなのに福音のことを知らない人がたくさんいる」と言っておいてなんで「偶像崇拝のことを知らないはずはない」と言えるのだろう?
現にカトリックは偶像崇拝しているではないか
日本に入って来たのはカトリックだった
だから偶像崇拝がいけないということは知らなかったとわかる
またはそれほど熱心ではなかったと
敵意持ってたら受け入れられないということがわからないのだから心の病は厄介だ
勝手な解釈をして思い込んでしまう妄想も手に負えない
この妄想は敵意から出ている
辞書には無かったがパラノイアとはマニアとは頑固とは「敵意」のことなのだ
前に「頑固にはいい面もある」と書きましたが重度になるとあまりないようです
ああ天国を知らなかったり信じてない人は死後は闇とか地獄とか思うわけか!
信じない=地獄
信じる=天国
という単純な図式になっている部分もあるな!
神の仕組みとして
信じない=地獄
信じる=天国
という単純な図式になっている部分もあるな!
神の仕組みとして
苦しいと死にたいと思うのでしょう
長生きしたいと思うのは楽しかったり死への恐怖があったり悪人と戦わねばと思ったり野心的な夢があったりするからでしょう
長生きしたいと思うのは楽しかったり死への恐怖があったり悪人と戦わねばと思ったり野心的な夢があったりするからでしょう