牧師は「苦難」「かん難」を殺されることと解しておられるが、基本は乗り越えるべき自分の中の悪霊のことだろうそしてそれを乗り越えた者は救われるのだということだ「かん難」とは五島氏の著書のことではないかと推測した五島氏の世界を通らないと真の救いには到達できないのだと