それでいて、輝く濃い紫が、瞳の空洞をまばゆく包んでいる。

振り返るまでもなく、感じられる輝きが視界にも伝わっている。

何もなく見える空洞でも、確実に紫は満ちている。

ここには扉の向こうの色は映らず、アステリアの湿気を伝える風も吹かないが、自身の紫の輝きと体温は伝わってくる。

蓋をする扉も、風も吹かないので、傍らにいる甲冑者の体温も感じ取れ、平伏する臣下達の汗が放つ湿気や少女たちの甘い香りも伝わってくる。

空白の空間には、今ここにあるものがありありと感じられる。

その大上段にヴェセランがいるのである。

 

ふと、目を見開き、立ち上がるヴェセラン。

黄金比にまとめられた、調律された体躯が黒服姿ではよく映る。

いや、空白の空間ではありありと映る。

この大上段にあっては、なおさらである。

立ち上がった姿に満ち溢れる紫は、相も変わらず輝いている。

その輝きが染み渡るのも、この空白に満ちた空間のおかげ。

至高の紫が、この白紫の間の最も高い位置で、水晶体に向き直る。

淡い水滴を振り払い、颯爽ととその映像を瞳に収める。

芯に映るそれを、漲る紫とその体温が包んでいる。

高まる紫眼を宿らせる切れ長も、その先々を伸ばし、空白の空間に滲みをつけている。

 

そのような鋭気に満ちた眼差しの中央に、映像に現れた色が重なる。

それは黒ラブラドールにも似た姿をしていたか、その上には薄汚れたツナギ姿の少年が腕を組んで、ヴェセラン同様に立ち上がっていたか。

それを見て取り、ヴェセランの紫の輝きが増す。

細部に青紫、黒紫を入り混じらせながら、その輝きで芯に映るものを照らしている。

アステリアを再生させ、新たな時代の立役者となった者たちの姿を。

より一層、絢爛にした紫の光彩を漲らせて。

その一挙一投足を、網膜に焼き付けている。

この澄んだ空間であるからこそ、その姿がさらに鮮明になる。

六角構造の冴え渡った空間では壁反射でその映像が木霊し、それが再び水晶体で強めあい像が明瞭になっている。

遠くの景色が、ヴェセランの近くでより鮮明に結ばれているのである。

扉を背にして、直立不動で「バブ公、あいつら守るためだ、泥人形ボコるぜ」と打ち響く声を発する少年の姿が。

紫の瞳に置いても、その淀みと汚れがより濃く移り、纏う青を深めていることがわかる。

 

今まで、キトル・レア中のレア・メタルの光沢には映らなかった特有の青さである。

ヴェセランの瞳が再び細められ、紫を纏う光の粒が凝縮されていく。

淀んだ輝きも、青さも、その中には織り交ぜられている。

その場に広がる白が黒ずんだ青により偏光し、六色に分解されて、瞳の中で無数の反射を繰り返している。

その中で、青と緑が交差し、出来上がった青緑が赤と交わりというように、六色は互いに幾重にも重なり合い、色合いを豊富にしていく。

異質の不純物の存在がかえって、紫の輝きを鮮明にしていくのだ。

世界一美しいと言われる瞳が、今、一層豊潤になっている。

平伏する臣下や少女たちも、英雄神もそのことを目視することはないが、纏う衣類や甲冑に豊明な紫の輝きを映している。

この白紫の間の、間に遮蔽物質を介在させることのない、空気は至高の色の輝きを鮮やかに伝えていく。

それは深淵なるヴェセラン本人の切れ長の隅にも、青紫という形で伝わっていく。

遠くにありながらも、近くで像を強める姿が、ヴェセランの瞳を熱くする。

 

さらに、淀んだ少年の声かけに頷き上がる「バブーっ」という声が、ヴェセランの瞼の裏まで温度を昇らせていく。

地上の汚れまみれのコンビは、確実に最高神の網膜に焼き付いていた。

淀んだその姿は、まばゆい光の中ではよく映る。

それを一層、目を細めて、目頭さえ抱えるヴェセラン。

閉じた瞼の中でも、光を濃く縁取る黒ずみだらけの姿が熱い。

アステリアの、あの頃の熱気と同じだ。

しばらく、そのままの状態で光を仰ぐヴェセラン。

瞼の裏を白く染め上げてる白光の中でも、残る青さが濃い。

血流よりも先にこみ上げる熱。

五百年間、その熱量を他に譲ることのなかった血よりも、熱い。

「地位は譲るものではなく、奪うものだ」と、下の者に訓戒してきたヴェセランの温度まで上り詰め、それすら溶かしてしまいかねない熱量。

それは先程映っていた、ヴェセランが仔細を込めた赤さではなく、それを守ろうとする青さであった。

 

眼前に迫るその色を網膜で確かめながら、最高神は目を開けた。

不思議と、眼前の青さにつく汚れが、業火で生まれた煤にまで見える。

しばらく瞼の高熱で洗われた瞳では、彼らの熱い姿がより鮮明に見える。

結ばれた彼らの像も、より近く見える。

扉の前で大勢のアントナーを待ち構える一人と一匹が、ますます濃く映る。

振り返れば、その光景を直視するヴェセランに平服する臣下と、傍らに控える英雄神がいた。

ヴェセランには、そう見えた。

そのように見方が一新されたのは、目前の光景のためである。

 

様変わりした風景を感じて、再び、頬を緩めるヴェセラン。

洗われた紫眼は、その端々まで光彩の粒がきらめく。

六色の青紫を宿して。

その粒に込めれた熱量が頬を倒壊させて、さらに口元も朗らかにしていく。

青くなるまでに高まったそれは、口元では紅く開かれれる。

最高度に再び、暖かな時間が戻る瞬間である。

「大儀である」

口から蒸気を吐き出しながら、その声が筒裏にまで響きわたる。

それと同時に平服していた臣下と少女が食事支度をそそくさと始め出す。

最高度を熱する真昼の活気の上で、かける一人と一匹。

それを見て、英雄神を振り返る最高神・ヴェセラン。

白い歯が端からこぼれて、薄い青紫の色彩さえこもっている。

その微かな煌めきに、頷く英雄神。

何も言わずに、兜が縦に振られる。

それに呼応して、さらに活気づく最高度の昼時。

正面上の黒ずんだ青さを投影しながら、食缶から昇る蒸気が白昼の太陽を宿す天井に昇っていく。