そこには、もう一つの腕があった。
ハルキが、目を大きくして、その腕の付け根の方角を見る。
その目には、血柱さえ立っている。
濃い目ゆえに、それが立体感をもって、その方角に押し寄せてくる。
そこには白地に緑のそよぎを湛えた服。
それ以上に目に飛び込む、赤い斜めのライン。
性懲りもなく斜めから飛び込んできた者の相貌にまで、視線をギラつかせていくと、ドッシリとした恰幅のよい顎、肉つきのよい唇。
そこにはこの間、ずっと押し黙っていたハルキよりも、質量がこめられているのが分かる。
それでいて、その唇はハルキよりも赤みが濃い。
その口が、ゆっくりと開かれる。
その声は低いが、倍音がかかっており、よく響く。
そして、鼓膜を通り越して、一気に脳裏にまで音色を届けていく。
もう、この声を聞いただけで、ハルキは右手の掌中を天井にかざした。
その手のひらからほっぽられた大きな青大将が、ハルキを睨むも、そこで丸くなるにとどまっていた。
その音色は、血流を叩くような波は、持ち合わせていなかったから。
むしろ、赤外線に似た波長で物質を揺らし、暖める。
無論、キーアの表情も。
そして、その波長を発するセイン自身の表情も。
「・・・・・この照準は、一緒にセットしよう。」
溶けているセインの双眸が、やわらかい。
そこで温まっている瞳は、ふやけている。
半径の統一された円い黒目ではなくなっている。
それを発した言葉の波長で、表面のダムが溶け、大量のお湯が瞳全体に湛えられていた。
その厚くなったお湯のかさにより、無数の光がそこで留まり、輪郭の崩れた白い丸を形成していた。
その中に映る、もっと白いキーア。
それも無数に。
映っては、揺れている。
その光溜りに映るキーアの姿も、整った顔が台無しになっている。
セイン同様、鼻からも、目からも、もう熱いものが止めどない。
透き通る白い花も瞼も、目元も紅潮しすぎている。
見方を変えれば、その目じりには紅がさされているようにもとれ、ハルキなどはそれをみて目をこすっている。
当のセインは、そのような紅化粧のキーアを抱きしめるより他の腕を持たない。
抱きしめて、背中につける顎
その顎伝いに感じられる、キーアのぬくもり。
それが、セインの目頭や鼻の奥を溶解させ、溜められているものを溢れださせている。
キーアの黒い服が、流れてきた塩水で汚れていく。
その汚れの暖かさを感じながら、セインの胸を汚していくキーア。
セインのぬくもりが、また、キーアの整えられた顎のラインを溶解させていく。
ほっぺをしきりにセインの胸にこすり付けては、その白さの表面にしわを作っている。
形をなくす自身の先を、セインに受け止めてもらいながら。
そのセインも、体全体で感じるキーアのぬくもりの中で、体勢を崩しながら。
このまま、二人で、崩れあいながら。
倒れそうになる自分たちの態勢を相殺し合っていた。
その中で、重ねられる二人の手―――。