その上空の物体を見たとき、その少年が放った、たった四文字の言葉はみなを動揺させた。

先述したとおり、彼にはかの戦略神との敗戦記録を掃除するという、大仕事が託されていた。

その期待をちゃぶ台返しするかのような醜態を、序盤の今において、もっともシンプルな感嘆句でやってのけたのである。

それは、とても一方の総大将とは思えない、敗北宣言であったかもしれない。

その証拠に、彼は頭を抱えている。

言葉にならないうめき声が、令覧室にこだまする。

まるで、脳の腫瘍が暴れだしたかのように、悶絶する少年。

彼の顔に当のチェーンソーが叩きつけられたかのように、顔がひしゃげている。

下あごが不自然に左により、下唇が左にずれ、そのひずみに絶えられない相貌が左右にねじれていた。

もはや、左目は体をなさず、かろうじて残された右目は、遠くの空を仰いでいた。

付随して、両肩も力なく、手はうなだれ、下半身はそれを仕方なく支えるしかなかった。

その薄汚れた青い繋ぎとも相まって、それはもはや指揮官とは程遠いゾンビと化していた。

あのチェーンソーには、シップのボディを削る以外に、生気を抜き取るアンデット効果もあったようだ。

それもよりによって、この令欄室のもっとも高い位置にいる少年に対して。

 

突然の「ゾンビ化現象」に、金髪の少女たちも落胆よりも、あっけにとられざる得ない。

この超近代文明に生きる隊のみなにとって、怪奇現象そのものであった。

以前より、最高度の一太刀を栓抜きで封じた頃より、その超常現象は続編があるだろうと叫ばれていた。

そのリメイク版がよりによってホラー版となって蘇ったのだ。

その飛びぬけた変体現象は、みなの視聴率を当のチェーンソー異常に稼いだ。

それは、敗北を想起する以前に、気持ち悪かった。

まさか、あの「栓抜き効果」に用いたイカサマ力を、ここまで奇形化させることのできる妖怪がいたとは。

 

考えてみれば、彼の故・兄は500メートルジャンプにより人の限界を平然と飛び超え、顔面から突進することで、多くの名だたる戦士たちを引かせて来たものだった。

血がつながっている以上、そのような妖力を彼が持っていても、まったく不思議ではないのだ。

その「人の限界の扉」が、チェーンソーによりひしゃげていったに過ぎない。

辛うじて、理解しようとすれば、そういうことになる。

そう、彼は常人離れしている。

そのことは、前からわかっていたことではあるのだ。

だが、せめて、それならば、もう少し違う方向で発現してほしかった。

少なくとも、それがみなの感想であっただろう。

このような、心臓が引きつる方向よりも、高鳴らせる方向へ肥大化してほしかった。

 

心配して、傍らの金髪の少女が声をかける。

少年の「ゾンビ声」と違って、低く湿った鷹揚な声だ。

相貌に笑顔の気遣いも忘れていない。

目端から、星星が流れる。

その星星はまだ落ちることはなく、少年の「ゾンビ顔」に向けられる。

頻繁にされる瞬きが、それらの星星の明滅を鮮やかに物語る。

瞳の茶色い惑星からこぼれ出る、反射の数々。

色を失うには美しい色合いが、その目には発せられている。

二重の整った瞼が、その輪郭を依然、くっきりさせている。

ときおり、桃色にもなるその瞼が、初々しい。

そのたびに、令覧室に花が咲く。

それでいて、眉毛の高さは揃っていない。

薄くまっすぐにメイクされた眉が、左はへの字に上がり、右は逆への字に下がっている。

それでいて、双眸からは光が失われない。

引きつるような硬さも感じられず、柔和な目端はそのままだ。

おそらく、このような「奇人」に多く接してきたのだろう。

振り返ってみれば、隊には中二病の末期患者、人間コンピューター、大きな赤ちゃん、そして、この下水処理人等々、まともな指導者は皆無に思えた。

よって、このような「ひしゃげた系統」には、見慣れてきた。

今回も、その延長線だろう。

ねぇ、そうでしょう。

聞いてみた。

この変人の最前線を行く男に、耳を済ませてみた。

返ってきた答えは、やはり非凡であった。

今まで、どの型にも当てはまらない末期患者の嬌声。

 

「あれは、オレの専売特許じゃねぇか。

越しやがったぜ。

ダイケンシの野郎」

それを聞いた少女は、目をしばたかせた。

右の頬に、手を当ててみた。

血が通っていた。

 

ハルキ君だ。

栓抜きやすっぽんみたいな明後日な大工道具で状況の詰まりを解決させてきた、ハルキ君らしい。

先を越されたことが、悔しかったみたい。

「ダイケンシ」じゃないけど、それすらもハルキ君らしい。

大丈夫だ。

あー、ドキドキした。

地雷を踏んだのかと思っちゃった。

よかったー。

でも、これからどうするんだろう。

そう思い、頬に当てた手をそのままに、ハルキを見やる。