と、もっとも室内には、衝撃の音が少々。
モスキート音のレベルで鼓膜を揺らしていく。
下水でその手の音に慣れている少年ならば、肌で感じられるレベルである。
それも特定の周期性があるでもなく、ひっきりなしにそよいでいく。
その手の音が聞いたことがあるのか、金髪の少女も、かすかに耳に手をあてるそぶりをする。
少女の二重の瞼の瞬きが、その音を確かめるように開閉していく。
細い薄肌色の手のひらと指の間を縫って、弾んでいく音。
なにか鈍いものをハンマーで叩いたかのように、低く重い音。
その証拠に、脳の震央にまで迫る質量を感じる。
当然のことながら、耳心地のよくない引っかかる音である。
この音に、傍らのハルキがどう対応するのか気になった。
音頭をとる太鼓は、すべてこの少年に委ねられている。
先の戦いにおいて、常人離れした身体能力を見せた少年のことだから聞こえているだろうが、どのように対処をするのか気になった。
あまりいい音でないだけに、ハルキに注がれる注意。
それも、相手は戦略神タイケージ。
かすかな異音であっても、どんな深慮遠謀が込められているの可能性がある。
若干、ハルキの采配の振り方にすがる思いもあった。
現に、それに値するものが彼にはあった。
前回、タイケージの操るゴーレムたちから自分たちを救い出したという実績が、彼にはあった。
テキウスが昏睡して倒れ、うなだれていた自分たちの体勢を立て直す音頭が、そこにはあった。
このつながった眉毛に下品さよりも、野生の知恵を感じたものだった。
その彼ならばと、天才であるシュマイツァーが、今回の作戦を託す直接的な理由にもなった。
隊の皆も、ハルキを振り返る。
その堂堂とした仁王立ち姿を。
それはまだ、タイケージの恐ろしさを知らないゆえとも取れるが、前回の実績からくる信頼は、それよりも野獣のギョロ目からはみ出る光彩に注がせた。
シュマイツァーですら、賽を任せたこの少年に。
それは唐突に英雄的台詞を期待しすぎていたそぶりがあるかもしれない。
もし、そのような美辞麗句のみで戦況が打開できるのであるならば、多くの卓論演説家が名指揮官に列することだろう。
そうなれば、無味無感想な指示のすべては戦術理論の教科書には載らないことになる。
それを知ってか知らずか。
この場合は、ハルキは舞台役者のフレーズよりも、諜報官の確かさを選んだ。
「ハウミ、すぐに、この音の元をスクリーンに映せ。」
野生児の台詞から放たれる、確認の台詞。
直立不動のまま、事務的に述べられる。
瞳の光彩は、スクリーンに注がれたままブレない。
その瞳には、スクリーンの映像の随所が移っている。
ハウミもその指示に反応し、水晶体を通してシップに指令を伝達する。
水晶をタッチする指が、事務的に動かされる。
前回のように指が震えたり、相槌がかすれたりすることもない、淡々とされる動作。
依然、かすかな重低音の揺れは聞こえるが、それも一瞬、ハルキの音声でかき消されたかのように、何事もなかったかのように。
不動の少年の元、ハウミの検索が静かに進んでいく。
室内も、きわめて静か。
皆、ハルキが眺めるスクリーンに視線を注いだまま。
そこで光るレーザーの赤と青の光芒が、明滅していく。
黒いガスが以前、それらを吸収し、光芒を小規模にさせていく。
一方、サイドスクリーンには別の画像もあった。
黒い「腕」が、シップを殴りつける画像だ。
だが、今となってはそれで目を凝らす者もいない。
指揮官のハルキも、時折そちらに視線を寄せるが、目を釘付けもしない。
空気のように通り過ぎていく。
無理もない。
もはや、最高度と戦いのフォトギャラリーにはありふれているボウフラだからである。
背景を見ればどこにでもあり、その場にいる誰もが、その「腕」と実戦済みであるからだ。
あえて言えば、隊の皆にとっては前回のソールシップを破壊された「大腕」の記憶が蘇り、ハルキにとっては師であるエレスをさらわれた苦い記憶がある。
それでも、今となっては以前のものよりシップは頑丈であり、シップの豊富な留守録番組により対策も吟味されている。
ゆえに、視線はもう素通りしてしまう。
むしろ、視聴率を稼ぎたければ見たこともない画像を見せてくれというのが、皆の心境かもしれない。
ちょうど、見飽きた二つのテレビ映像のみが並んで流されている、電気店のような雰囲気が室内に篭る。
無論、戦場ゆえの緊張感は留めたままだが、消費者たちが求めたものはそれではなかった。
今、ハウミがそれを淡々と探している。
指をクリックし、シップ周辺画像を見渡し、まっすぐな薄い眉を動かさずに、瞳のみを静かに動かしている。
たおやかなリズムが、その動きに通う。
瞬きが、それを緩やかになでる。
まつげの長さが、そのたびに感じられる。
二重の瞼が、それをくっきりとさせる。
彼女の穏やかな動きが、輪郭を伴っていく。
薄肌色の上で、装飾された瞳が鮮やかさを増す。
赤と青のライトショーの中、小さなビーナスがたたずむひと時。
光芒のあわただしさが、そのやわらかさの背景となる。
ゆっくりと落ち着いたそぶりが、絶え間ない時間を止めていく。
そして、一点に映し出されていく。
大きな、大きな、チェーンソーを手に収めた腕へと。
無論、視聴率も、時針を忘れるほどに高鳴っていく。