吉村昭のエッセイ 『私の引出し』(文藝春秋)を読んでいたら彼が大変な酒好きだと知った。

 

「まずビールの小瓶を一本、次に冷酒二合、そば焼酎に同量の氷水を加えたものを二、三杯、仕上げにウイスキーの薄目の水割り三、四杯というところで、稀にはそれにワインまたは紹興酒が加わることもある。午後六時頃から五時間ほどかけて飲むのである。」

 

と書いている。まさか毎晩ではないだろうが結構な酒量に驚いた。酒の取り合わせや飲み方は酒好きにはそれぞれ言い分があるだろうが、その人が元気に酒を楽しんでいれば言うことなしですね。

 

「酒は天からさずけられたこの上ない恵みで、楽しい気分で飲まなければ罰があたる。」

 

とも書いている。まったくその通りですね。

 

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 また川上弘美の 『センセイの鞄』(平凡社)を読むと、冒頭にこのような一節がある。

 

「数年前に駅前の一杯飲み屋で隣りあわせて以来、ちょくちょく往来するようになった。センセイは背筋を反らせ気味にカウンターに座っていた。

「まぐろ納豆。蓮根のきんぴら。塩らっきょう」 カウンターに座りざまにわたしが頼むのとほぼ同時に隣の背筋のご老体も、「塩らっきょ。きんぴら蓮根。まぐろ納豆」 と頼んだ。趣味の似たひとだと眺めると、向こうも眺めてきた。どこかでこの顔は、と迷っているうちに……」

 

 小説のツキコさんとセンセイが出会った場面だが、同じつまみを頼むのに微妙に言い方や順序を変えているあたり、庶民的な飲み屋の雰囲気をよく表現しているなと感心した。高校時代の先生と生徒が20年くらいたって出会ってからいろいろなところに行き、いろいろな飲み屋で飲み二人の距離がだんだんと縮まっていく。気取らず楽しく酒を飲む風景が続くのがいいですね。おそらく小説の作者もお酒が大好きなのだろうと思う。

 

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 私は大腸がんの手術を終えて退院する時に(転移は認められなかった)、主治医から念のために抗がん剤をしますか、弱い抗がん剤をしますか、何もしませんか、どれを選んでも再発の確率は同じですと言われた。では何もしませんと答えてその日から晩酌を復活した私は、幸い今も元気に毎晩酒を楽しんでいる。

 

 酒好きの代表格 若山牧水の歌を 3首

 

 それほどにうまきかと人のとひたらば なんと答へむこの酒の味

 白玉の歯にしみとほる秋の夜の 酒はしづかに飲むべかりけれ

 人の世にたのしみ多し然れども 酒なしにしてなにのたのしみ

 

 残暑が厳しく、コロナウィルスもまだ油断できませんがいよいよ秋ですね。

   (写真は益子 濱田窯)

 

 

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