あんしん あんしん。


「鉄コン筋クリート」(松本大洋)のシロの口ぐせ。


じぶんはシロっぽいか
クロっぽいか。

たまに考えるけど
どちらともいえるし
どちらでもない。

漫画のなかのふたりがすきです。

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クロはシロに心をあずけてる。


シロが
あんしんあんしん。
とつぶやけば、
クロもあんしんなのだ。



シロのまっしろさは、
あやうい。

シロはしろを加速させる。

どんどんしろくなって、
消えそうになる。
世界との境目がぼやけて融ける。



クロはシロを世界に存在させるため、
ますますくろくなるしかない。

みずからの影をなくしていくシロの代わりに、

シロの影となるために、

ますます色を濃くする。


せつなくて 

いとしいなぁ。


ふたりはもともと、
ひとつずつで生まれてきたのに、
お互いのしろとくろを持ちあって、
ふたりで一つになったのだ。

ものがたりでは、
シロのしろ化とクロのくろ化が加速し、
暴走し、
ふたりはちぎれて、
そしてひとつひとつにまた戻る。


しろはクロのなかに。 

くろはシロのなかに。


じぶんはそんなに悪じゃない。

じぶんはそんなに善じゃない。


受け入れがたかったじぶんの心のはんぶんを

たがいにあずけたふたりは、

たがいにそれをとりもどし、

じぶんのなかにおさめた。



ふたりはひとつひとつにもどって、 

シロはクロであり、
クロはシロとなった。



ラストのふたりの、
あの顔を、
ちかごろよく思い出します。

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「共依存 いつも他人に振りまわされる人たち」(メロディ・ビーティ著)
という本を手にとったのは
離婚する半年ほどまえ。


ほんの偶然だった。


その頃、じぶんが離婚するなんて

夢にも思っていなかった。

辛いこともあるけれど、
夫のことが大好きだった。


夫にあいしてもらうことが

よろこびだった。



共依存という言葉を

はじめて知ったわたしは、

わたしたち夫婦の関係に酷似している、

と、かんじて、蒼ざめた。



共依存……



そこからいろんなことが次々起こり、
ついには子供を連れて夜逃げ同然
実家に帰って
あっという間に離婚することになるのだけど、
その本は、わたしの心を解き明かす
ひとつのきっかけとなった気がします。


育児ノイローゼや

自傷行為や

ヒステリーや  


親や
夫や
世間に


問題があるんじゃない。
 

その本は、
苦しさの原因を
外へ外へと探しあるいた
わたしの目を、
はじめてじぶんに向けさせました。



もしかして



そうです。


元を辿れば

理由はひとつ。


じぶんに自信がない。

これにつきる。



じぶんでじぶんに
OKが出せないから  
だれかにOKしてもらう

ひつようがあった。

夫はわたしの「承認欲求」をみたす人でした。


結婚しているときは
そんなふうに思いたくなくて
目をそらしていたこと。

わたしはわたしを認めるために
夫を利用したともいえる。


それはおたがいさまとも言えて、
やはり夫も自分を信じられない人だった。
コンプレックスの塊で、
ひと回り以上年下のわたしであれば
自分を馬鹿にもできまいと、
どこかで計算したのだとおもう。

わたしたちは
たがいに利用しあっていた。

それは、
シロとクロのような
いとしく
せつなく光を放つものではなく

じぶんからただただ逃げるだけの
情けないものだったように
いまはおもう。

ただ、
夫のセンスはすてきだった。
それはいまでもそう思う。
夫から世界の見方をすこしおしえてもらった。
ほかの素敵な先輩たちからおそわったように。
たくさんのことを。

いま離婚して、
いろいろあったし
いまでも
サイテーって思うこともあるけど、
おたがいさま。


ありがとう。


で、いっぱいだ。