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‐シリーズ『日米同盟』の正体 その3(ケネディ時代のアメリカ極東戦略②)‐

 

現代は、中国の「尖閣諸島」問題や「南シナ海」問題で、日本とアメリカの「協力」が叫ばれていますが、何もそれは今に始まったことではありませんでした。

 

1963年1月19日、東京で開かれた第三回日米安全保障協議委員会で、当時から米側は「中国封じ込め」を強調しました。

 

大平外相は、記者会見で「会議では米側は中国の力を過小評価することの危険を強調した。また、日本が南ベトナムを援助するよう要求した」と発表しました。

 

かくして、中国周辺作戦への日本の本格的参加が、激しく要求されている事態が次第に公然化しつつありました。1月24日には、黒金官房長官の「このほど米国から原子力潜水艦の日本寄港について申入れがあった」との正式発表を見て、それに追い打ちをかけるかのように、2月のはじめには米国防次官ギルパトリックが来日。

 

彼は、ワシントンを出発するに先立って、その意図につき産経新聞のワシントン特派員は次のような電報を打ってきました。

 

「アメリカは今後もアジアに朝鮮戦争、台湾海峡紛争のような局地戦争が起こると推定している。その場合、在日米軍が戦場に移動して北太平洋軍に真空状態ができるので、これ日本に埋めさせようとしている。また、大規模な戦争の場合、日本とNATOに盾の役割をもたせる“剣と楯”の戦略を考えている」

 

そんな中、ギルパトリックは、アメリカの“新戦略構想”に協力するよう池田内閣に強く要求し、「日本がアジアの自由陣営の防衛努力に協力することは当然であり、原子力潜水艦が第七艦隊の一部として日本に入るのも当たり前である」との談話を発表しました。

 

彼の在日中の仕事の中身は、後日、彼が帰米してから4月17日、ワシントンのオーバーシーズ・ライターズ・クラブでおこなった秘密公演に如実に表現されました。

 

その内容について、同日のワシントン発ロイター電は次のようにすっぱぬいています。

 

「・・・・・・最新の長距離飛行機の発達で、アメリカは極東に永久的基地を必要としなくなった。最終的には、日本はおそらく朝鮮半島の一部を含む地域をカバーするに十分な海空軍力を期待される」※⑨

 

※注⑨‐世界週報、一九六三年五月七日号 (『アジア・アフリカ講座 日本と朝鮮』第三巻 勁草書房 一三〇頁より)

 

 

つまり、これを端的に言えば「日本の再軍備化」です。もちろん、アメリカに従属する形での軍事強国化です。

 

こうした動きを、韓国側はどう見ているのか。

 

「アメリカの考えは、日本に対して中共の核兵器を含む軍事力に対決しうる核攻撃力を提供し、日本を極東地域防衛においてもアメリカに代わる“盟主”として登場させるようにするところにある。そして将来、もし韓半島に再び危機が起こる場合、韓国をアメリカの軍事力の再増強に依存させず、日本の海空軍力に従わせようというのである。・・・・・・(しかし)日本を韓半島の防衛にまで干与させるようにするかどうかは、アメリカと日本の間で一方的に論議されるべき問題ではない・・・・・・」

 

以下のように、1963年5月23日付けの『東亜日報』社説は主張しています。

 

上述の内容に、アメリカの極東戦略の中身が韓国にも見抜かれているということは、アメリカの政策が、いかに公然と、しかも大々的に推進されつつあるかを物語るものでした。

 

 

<参考資料>

 

・『アジア・アフリカ講座 日本と朝鮮』第三巻 勁草書房

 

 

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