前記事”朝鮮学校〈広島無償化裁判〉6(朝鮮学校、全面敗訴  田中宏・一橋大名誉教授の話他)”


https://ameblo.jp/epikutetosu/entry-12294936419.html


の続きです。


海外の英語フォーラムで日々外国の人々と接する、英語ブロガーのMichikoさんが、今回の朝鮮学校無償化問題の件についてのご意見をまとめました。


日を追うごとに圧力を増す、日本政府による朝鮮学校無償化除外問題。


広島の司法にしろ、ネトウヨ言説をもろに主張する産経新聞や、沖縄ヘイトの代表格である公安庁の報告書『回顧と展望』を根拠とする杜撰を極める判決や、剥き出しの「憎朝感情」を背景に、極右・排外化する日本社会を前にして、終始変わることのない彼ら彼女らの「国民感情」というものは、如何にして作られてきたのか。



それは概ねアメリカ主導による、東アジア地域における「安全保障」の問題や、本来「水と油」である米国との「価値観の共有」が叫ばれた結果なのではないかと思います。


‐「自由主義陣営」は本当に価値観を共有しているのか‐


https://ameblo.jp/epikutetosu/entry-12290956170.html  


本サイトでは、たびたびその「危険性」について述べてきましたが、それにより周辺国に対する蔑視感情が徐々に強化され、世界を単純な二項対立として捉えるようになり、とりわけ「自由主義陣営」に属する我が国は、アメリカによる世界での虐殺や侵略には目を塞ぎ、それとは対立する「わかりやすい敵」として、北朝鮮を執拗に攻撃するようになりました。


そこで英語ブロガーのMichikoさんご見識を引用すると、


今日におけるアメリカ主導の「北朝鮮包囲網」が、なんでもありの無制限バトルにまで発展し、それが出口なきものとして恒久化している今、そろそろアンチレイシズム陣営も「搦め手(からめで)」を使う時だとおっしゃられました。


例えばドイツは、東ドイツからの流れで、北朝鮮との国交があり、西側陣営の一部とは言っても、かなり条件が違うのと、ドイツ人は、融通が利かないとか、クソ真面目なところがあります。



大まかな流れとしては、


①ドイツのNGOなどに頼んで、「北朝鮮包囲網と、朝鮮学校の子供の件は別々に考えるべきだ」というふうに、宣伝を張ってもらう


②日本が支給するはずの金額を、誰か大富豪から寄付をしてもらうなり、ドイツからのカンパや寄付金で賄う


③結果的に、日本の司法と日本の政権に、大きな恥をかかせることができます。しかし、恥をかかされても、「西洋大好き」の日本の支配層は、面と向かってドイツとモメるということはできません。日本のメディアもドイツを叩くということは、同様に不可能です


そうなると、そこまで恥をかかされれば、仕方がなく、渋々と、朝鮮学校に対する方針を見直すことになります。



ここでわかる事実は、大局的に見れば「西側陣営」という一つの集団でも、各国それぞれの立場は微妙に違いますし、認識はさまざまだということです。


問題なのは、当事者や支援者含め、しばしば日本の「国内目線だけ」考えていること。それだと、どうしても解決手段のない絶望的状況に陥ってしいます。


日を追うごとに、日本政府によるマイノリティへの圧迫は続きますし、アメリカに追従している以上、どんなに日本だけ働きかけたところで「方針の転換」は見込めません。


朝鮮学校自体も、生徒数の問題から「もう数十年後には残っていないのではないか」という状況です。


前世紀とくらべ、その数は激減し、全国津々浦々あった学校も、東京の朝鮮中高級学校はその代表格であり、一時期は生徒数が数千人にものぼりましたが、今ではその十分の一以下にまで縮小しました。



ここで再びMichikoさんの論を引用すると、


仮に日本で裁判をやって争えば、20年も30年もかかるようなことが、「政治決着」だと、非常に短期間で白黒が決まってしまう。ということがあるわけで、もちろん日本以外でもそうです。


疲弊した学校側にとって、終わりのない「無意味な」裁判闘争を続けるよりも、何をどこまで正攻法で戦うのか、または「現実の実を取る」ということを、どこまで取り入れていくべきなのか。


結果的に、人権や反戦のような問題についても、もっとプラグマティック(実用的)になるべきかもしれないということ。


ドイツ人を利用した場合のメリットは、ほかにもあって、日本の一般大衆は、ドイツ人の言うことなら、正しいのかもしれないと思って、朝鮮学校への見方を変えるという可能性が、大なわけです。


さらに、日本のメディアが、ドイツ人のすることを叩かないということは、鉄板で保障されていますし、逆に「アゲてくれる」という可能性すらある。


それによって、日本の一般人が「朝鮮学校の問題は、別で考えるべきなのかもしれない」と思う可能性が、かなりあるといこと。



これはあくまでも、ドイツ人の大々的な協力が得られればの話ですが、ドイツ人にも「リベラルの担い手であることを強調できる」とか、「北朝鮮に恩を売ることができる」というメリットがあるということです。


以下のように、現実的側面からみた国際社会の論理を適用し、よりプラグマティックに行動する決断が我々には求められています。もちろんそれは当事者・支援者含め、積極的に海外へのロビー活動をし、日本政府が有無を言えない状況を作るべきなのです。


現に日本人は、感情と惰性に溺れておりますし、そうした人々を「説得する」というのは、下手をすると1世紀近かかることもあり、今までの歴史の場合だと、それ以上にかかるかもしれません。



今回の無償化の問題しろ、私たちには時間がありません。


そうした背景をもとに、「より現実的な判断」が迫られているのです。



<参考資料・ご見識>


”朝鮮学校〈広島無償化裁判〉6(朝鮮学校、全面敗訴  田中宏・一橋大名誉教授の話他)”

https://ameblo.jp/epikutetosu/entry-12294936419.html


・英語ブロガー『Michiko』さんのコメント(参考資料より)