『アメリカ合衆国国旗』 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Flag_of_the_United_States.svg
今回は、英語ブロガーのMichikoさんのブログ『Cluttered talk blab blab blab』「Did Jesus lobe firearm?」記事にて、コメンテーターのibiruzukiさんとMichikoさんとのお話の中で挙がった議題として、民主主義の盟主として君臨するアメリカの姿、とりわけ彼らが国是として掲げる「価値観」とは何なのかということについて、考えていこうと思います。
直截的に述べると、
それは『神』と『銃』と『聖書』です。
参考になったMichikoさんの論を借りると、とりわけアメリカ人と「銃」に関しては、「神」と切り離しては考えられないという問題です。そもそも「神と銃が関係があると思う」ほうが変なわけですが、彼らは変だとは思っていません。
彼らの主張する武装権は、「天賦の権利」であって、「神が与えたものだから、奪えない」という意味合いで、アメリカ人にとってのみ、銃に関する問題が「宗教問題化」しているわけです。
そんなに「武装」をしたいなら、どうして「銃」でなければいけないのか、ナイフや刀ではいけないのか、または、格闘技能力でもいいんじゃないのか、そこらへんも、Michikoさんは非常に理解に苦しんでいらっしゃいましたが、私自身も同感です(笑)
こうした疑問をもとに、ひとたび掣肘を加えると「やられたらやり返すのが、フェアプレーだろ!」「(証拠は)あるよ。『(殴られたら)もう片方の頬を差し出しなさい...そうすれば、スコープで狙いをつけるのに都合がよいでしょう』」などと、アメリカ人からの珍妙な返答が返ってくる始末で、一向に議論になりません。
挙句のはてには、「おかしな質問をするから。キミ(Michikoさん)をブロックするよ」などと述べて、一切の反論を許さない姿勢には呆れるしかありませんでした。
「アメリカ人以外なら」誰しも持つ疑問なのに、当のアメリカ人ばかりだと、誰もこういうことを考えないのです。
そしてMichikoさんの論は続き、さらに欧州人は、クリスチャンが多いので、特に「武装権は天賦の権利」というふうに思っていなくても、こういう質問をしないとします。
アメリカ人というのは、圧倒的な物量の「アメリカ的教条」の中にいるので、不思議なことですが、当たり前のことを、考えてみるということをしないのです。
アメリカの銃規制派ですら、「神と銃問題は関係はない」というふうな切り口では、運動をしません。
Michikoさんのそうですが、我々大多数の「異教徒」からすれば、彼らの「特異性」について口を挟まざる得ないのですが、彼らアメリカ人は誠実にこのことを話してくれません。
キリスト教では、キリストは神と同一だったことになっていますから、「God」は「キリスト」を意味するわけなんですが、キリストが、いったいいつ「銃火器を持てとか、これを愛せ」と言ったのか。
本当にバカバカしい話なんですが、アメリカ人というのは、おかしな人たちで、ものすごく「宗教臭い」のです。
だから、大の大人が、こういうことをまじめに言っている。
以下のように、氏のお話が続きましたが、アメリカ人全体の認識として「銃は神が与えたんだから、積極的に持たなければならない」という結論は永久に変わらず、Michikoさんの当該記事でご紹介されている「アメリカ人のロック歌手」のインスタグラムに「1万2千以上のいいね!」が付き、彼の動画に多くの視聴者がこぞって集まるのです。
<参考資料>
・Michikoさんのブログ『Cluttered talk blab blab blab』「Did Jesus lobe firearm?」記事のコメント欄より