前記事から引き続き、戦前の小中学校における日本史の教科書となった『国史眼』、とりわけその思想的母体となった「日鮮同祖論」の詳細、その急先鋒であった喜田貞吉の『韓国の併合と国史』について述べたいと思います。


既述のとおり、彼は本の中で「日本と朝鮮は併合によって本来のカタチにもどったのだ」と述べましたが、その結論は以下のようになります。



「韓国併合は実に日韓(朝)の関係が太古の状態に復帰したものである。・・・・・・韓国は実に貧弱なる分家で、我が国は実に富強なる本家と云ふべき者である。・・・・・・分家には自分で立派に家を維持するだけの資力がない。之が為に彼方からは脅かされ、此方(こなた)からは虐められ、憐れむべき兄弟は彼方此方の鼻息のみ伺って、洵(まこと)に気の毒な生活を送って居た。随って(したがって)家内に動揺も起こり、遂には其の本家は勿論、近所隣家にまで迷惑をかけると云う有様。之に反して本家の方では、祖先以来の家訓を守って一家は益々繁昌する。・・・・・・そこで当人も復帰を希望し、本家も喜んで之を引き取ったのだが、即ち韓国併合である。・・・・・・もはや帝国に復帰した上は、早く一般国民に同化して、同じく天皇陛下の忠良なる臣民とならねばならぬ。是れ啻(ただ)に彼等自身の幸福のみならず、彼等の遠祖の遺風を顕彰する所以である」



色々とツッコミどころが満載の文ですが、いかにこの喜田貞吉含め、それまで小国だった国が「ようやく属領を持てた」ことに、はちきれんばかりの喜びをあらわす、いい文と言えるでしょう。


第一、いつ朝鮮が隣国に迷惑をかけたのでしょう。むしろ、その国家元首たる明成皇后を殺害し、遺体を死姦し燃やしたり、当国の人間を奴隷のごとく酷使し、現代において在日コリアンに対する差別問題すら清算できぬ、迷惑をかけっぱなしの国は日本であることを、この爺さんは地獄で泣きながら反芻すべきでしょう。


大体、欧米の猿真似で近代化したつもりで、およそ先進国とは言えない前時代の帝国(清・ロシア)に勝ったくらいでのぼせて、最終的にはアメリカにオーバーキルされる国が、何を放言しているのでしょう。


今までの朝鮮の歴史に関しても、喜田なる者は「貧弱なる分家」などと罵り、挙句の果てには彼方此方(大陸側)から虐められた憐れむべき兄弟などと銘打って、その鼻息のみを伺ってへいこら気の毒な生活に服従していたなどとほざいていますが、強大な騎馬民族と常に国境を接し、現実的に世界帝国たる中華帝国と付き合う中で生じてくる妥協は当然出てきますし、現代の沖縄問題や基地問題、与党の政治運営体制含め、国家のプライドもなく、アメリカにみっともなく服従しまくる日本が言えたことなのでしょうか。



それと冷静に考えて、日本ってそんなに「かっこいい歴史」でしたか?


一言で述べるなら、「大陸と関わらなかった国」という印象しかありません。


ありていに言えば、四方を海に囲まれ、その「天然の要害」がゆえに、大陸勢力(騎馬民族・中華帝国)に脅かされず、ぬくぬくと国家運営に従事できただけに過ぎないでしょう。むしろ朝鮮がその難題を一挙に引き受けてくれたことに感謝すべきではないでしょうか?


結局のところ、喜田貞吉のマスターベーション文をわかりやすく例えるなら、「引きこもりが家に閉じこもって、現実社会(ここでいう大陸関係)にもまれず、恥もかかず自我だけは醜く肥大し、バーチャルな妄想世界で自らを世界の王(八紘一宇)などと自称した挙句、激烈なエゴイズムで隣家の人を罵るクレーマー」と言うべきでしょう。



<参考文献>


・『アジア・アフリカ講座 日本と朝鮮』第三巻 勁草書房