野間さんのツイッターを拝見していて、二人のオタクネトウヨらとの面白いやり取りがあったので是非とも記事にしてみたいと思います。(『安倍ヘイト内閣』記事がどんどん遅れて申し訳ございません)


それは実際の国の成り立ちとか、根底における認識だったり、それらの前提の上で考えれば、それぞれの旗が振られ方は大分違うと思います。



https://twitter.com/kdxn/status/547261853181554688



この中で、野間さんはアメリカとフランスにおける国旗や愛国心、それは主に、アメリカ人の愛国心は、反植民地戦争を経て培われ星条旗に表現されたもの(=自由と独立)を守るためのものであり、フランスの場合もそう、かつて大哲学者ヘーゲルが『時代精神の現れ』と賞賛したフランス革命におけるフランス三色旗も、根底にあるのは悪逆なる王政への反対や貴族主義や権威主義への反対、民衆それぞれが「理性」(自由)を行使できる「近代の光」を表すものでした。


そうした、「自由の歴史」の延長線上にあるベトナム反戦運動や公民権運動の精神もそれ。排外主義者が振り回す日の丸とは似ても似つきません。



ここで私も日本の国旗について意見を述べさせて頂くと、近代における大日本帝国の本質は大きく分けて「二つの精神」によって成り立っています。



そのひとつは「国学主義」(小中華主義)、日本が東アジアで一番優れていて朝鮮は太古の昔から日本の支配下にあり、『日出る処の皇帝国(天皇国)』として勝手に自称する思想です。


次は近代主義、これ自体の中身は漠然的に「西欧文明の移植」ともいえるのですが、そのもっとも参考となったのがドイツ帝国です。それは徹底した君主主義と官僚主義であり、議会はおもむろ蔑ろにされて臣民は「一段低いもの」として扱われて、各自の制約や徴兵制などの「上からの」義務が課され、一部のエリート層のみによって国家は動かされる軍事偏重による専制国家でした。それを日本はまるごと受け入れて、呪術的な天皇崇拝による統帥権に基づく国をつくりました。



ゆえに、単なる「愛国心」と「プライド」だけでアメリカやフランスと一緒にするのは大間違いであり、これらのオタクネトウヨがいかに無知で屁理屈にまみれたものかがわかります。


また「現象」における旗の振られ方も、皇居で振られる日の丸の小旗も、かつて日本が中華皇帝へのコンプレックスから脱却するために、「天皇」=「皇帝」と位置づけた近代日本の象徴として、日章旗はいっぱいに散りばめた姿も異様ですし、それ自体は昔軍国主義をやって外国民や自国民を傷めつけた国という歴史的暗黒面が浮き彫りにされます。


仮にも日章旗が戦後民主主義の象徴として、ファシストへの抵抗のシンボルとして振られるなら歓迎しますが、現状はそうはなってない。それは歴史的にみても、日本が市民革命や独立戦争を経てないからそうなりにくいのであり、この点が、選挙やデモで振られるフランス国旗や星条旗との違いであり、理念によって成立した国家とそうでない国家の違いなのです。



これをヘーゲルの歴史哲学からさらに俯瞰すれば、「理性(個々人の自由)なき東洋」として、君主のみが自由であり主権者とする「卑しい文明的出自」から出る当然の帰結であり、実際にそういう国家精神から生まれた日の丸や旭日旗も、「自由とは最も遠い」国旗としての存在が成り立ちます。




結論として国旗自体の米仏との認識的違いも、実際の振られ方にしろ、排外主義のシンボルとしての「日章旗」「旭日旗」が完全に定着したこの日本社会において、野間さんに対する二人のネトウヨの珍論は虚しく響くのです。