不確定性原理 -12ページ目

不確定性原理

ブログの説明を入力します。

昔から思ってることに 幸福とはなんだろう ってことが。

生きている以上、辛いことと幸せなことは両方起こりうるという前提で、
辛いことをマイナス、幸せなことをプラスの、その大きさに対応した数値におくことができると仮定し、

さらにその発展として、両者をベクトルとおくとする。
つまり、事象をプラスとマイナスの二方向だけに分けるのではなく、
全方向、つまりベクトルでいう向きに分類する。

この前提と仮定のもと、さらにひとつの仮定、
人生を終えた時、これらのベクトルの和はすべての人間において等しくなる、
とする。簡便のため、その和を0ベクトルとする。

こういう考え方をしたとき、
各事象にたいする「幸せ」とはまた別の概念、ここでは「幸福」とする、を考えた時、
それぞれの人の生涯を比べた時、どちらがより幸福であるかと判断する基準は、
どういうものになるだろう。

分散を指標にするのか、またそうした場合大きい方がいいのか、それとも逆なのか。
ベクトルという概念を学んだ時点でここまで思考したものの、
それから数年間、全く進めずにいる。
ベクトルから行列に発展させても、根本的なことはかわらず、思考は進まないのではないか。
それとも、理論で捉えられるものではないのか。
それならば、捉えられないということを理論で示すことはできないのか。
結局、妥協するしかないのか。
自分は今、幸福なのか。




結局、幸福とは何だ。/空っぽの空に潰される/千年幸福論/amazarashi