かれこれ5年以上前の話になりますが、信州滞在中に、素人蕎麦打ち名人選手権やら蕎麦打ちアカデミーを開校プロデュースした経験があります。
自分自身は、両親ともに出身が九州なので基本的にうどんで育ったこともあって、蕎麦なんかほとんど縁もなく、この企画を推進するのには大変苦労した想い出があります。
信州って蕎麦が有名なのですが、別段信州の蕎麦が美味しいわけではないんです。
とても寒くて高地にあって海もない。
魚と言えば鯉とか岩魚といった川魚、たんぱく質はイナゴにザザ虫にハチの子、そして他に食べるものと言えば、世界中、どんな気侯にでも育つ蕎麦。
それを食文化として大事に大事に育てたのが信州蕎麦として根付いた、そう思っています。
色々と指導を受けた恩師がまたひとり亡くなりました。
氏原暉男氏 79歳(うじはら・あきお=そば研究者、信州大名誉教授)
18日、肺がんで死去。告別式は近親者で行った。喪主は長女、理恵子さん。
愛知県出身。信州大でソバの品種改良を研究し、「そば博士」として知られた。
定年退官後は、国際協力機構(JICA)の専門スタッフとしてミャンマーに渡り、
麻薬の原料となるケシの代替作物としてソバ栽培を指導した。
“ビルマの竪琴”をミャンマーから何台も買ってきてくれて、見よう見まねで練習した楽しい記憶。
大麻を吸うパイプの展示館を作ってしまって、さすがにこれはヤバイだろうと慌てた記憶。
色々なことがよみがえります。
心からご冥福をお祈り申し上げます。
どうしても蕎麦打ちが覚えられず、マニュアルを作っているうちに小説になってしまった自作の“凛として”。
「長野日報」のコンテストに応募して二次審査までは通過した小さな作品です。
よかったら読んでみてください。