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リーフデ号で豊後に漂着したイギリス航海士のウィリアム・アダムス、ヤン・ヨーステンが家康に謁見。

ヤン・ヨーステンは東京・八重洲の語源に・・・ (1600)

随分無茶振りだよ。

ヤン・ヨーステンが八重洲・・・って・・・テンはどこへ消えたんだ?

「音楽ビジネス独立支援セミナー」は、当初その目的をこれから社会に出て行く学生や、卒業してみて初めてそこが仕事のない不毛地帯であることに気づいたまだ若い世代向けに企画していたのだけど、

最近は既に自分自身で教室を始めていたり、かなりのベテラン演奏家さんからの問い合わせや申し込みが増えつつあります。

簡単なヒアリングの上、その方にあったカリキュラムを作っていくんだけど、大体準備に徹夜。

マニュアルを作っていく段階で、調べることに費やす時間がかなり多いです。

たまにふと自分の幼いころのことを思い出してみます。

ピアノは町の音楽教室を個人で開いている先生にまずは習っていました。

背中にものさしを突っ込まれたり、鍵盤にだんだん乗っかって落ちてくる手首を思い切りはたかれたり(笑)。

姿勢をよくすることに関してはとても厳しい先生でした。

ただ案外これってとても大切で、日常生活でも背中が真っ直ぐ伸ばす癖が自然にできてくる。

今時の大手音楽教室の「楽しくが一番」ではあり得ないことらしいですね、こんな指導。

母親が社交的と言うのかなんと言うか、音楽教室をやってると言う仲間がいると自分をいつも差し出すもんだから、気が付いたら先生が3人とか4人になってたりしてね、

町の音楽教室に通いながら別にご近所さんに習いに行って、そこの娘さんが音大を卒業したと言うとその方にまた習ってと、なんとまあバラエティに富んだ幼児ピアノ教育を体験してまいりました。

練習も正直なところ嫌いで、親が外出した日などは学校から帰ってきても全く練習しなくて、そういうときがまた厄介で、親が帰ってきたあと、

「ちゃんと練習はしたの?」って聞いてくるのはわかってる。

「したよ」ってしら~っと(博多弁ではしれ~っと)答えるんだけど、

そういうときに限ってお隣さんがわざわざチクリに来るんだよね、ご丁寧に。

「今日は音が聞こえてこなかったねぇ」なんていいながら、

こっちは完全にシマッタって言う感じで逃げる体制に入るわけ。

最後はお決まりの「カツオ~」って叫びながら箒を持って追いかけてくるサザエさんみたいな状況。

でも、こういう環境で過ごせたことも悪くなかったなと今では思う。

音高に行きたいと言っても音大に行きたいと言っても、男は普通の学校に行けの一点張りだったし、

多分自分がその道に行ってたら、今頃、音楽には全く関わっていないと思う。

今朝も寒いですね。

風邪などひかれませんように♪

エフエムからのハイドンが気持ちいい!!