12月10日にブログを始めた。
1日2つ更新することはなんとなくしたくなかった。
しかし、今日のことは忘れてしまうことが増える前に書き記したい。
なんと言っても私には健忘の症状があるのだから。
そのため、読み手には時系列ごとに説明できず申し訳ないが、先に今日のことを書かせて欲しい。
そして、今パソコンに向かって打ち込んでいるこれは、投稿日時を設定して自動的に明日投稿してもらおう。(と思ったがやめる、今日は特別。)
便利な機能だ。
ネイルをするためにと伸ばしている爪がタイピングの邪魔をする。
今日はスクールカウンセラーさんとの4度目のカウンセリングをした。
前回のカウンセリングではなんとか転職しない方向で考えていきたいことを伝え、
それに対して『特別支援学級の担任になるのはどうか』ということを提案されていた。
そうすることで今私が担任していて来年から特別支援学級に行くことになる児童についての話をしやすくなるとカウンセラーさんも話してくれた。
(しかしその後すぐこれは私の個人的な願望が入ってしまいました、と訂正されたことが印象に残っている。
だよな、個人的なそういうものを、カウンセラーは入れてはいけないからな、と。)
その後の1週間で特別支援学級について調べてきて、今日はそこで分かったことを伝える日だった。
もともと教採の勉強をしていた記憶が残っていて、特別支援学級の担任になるために特別支援の免許が不要なことは分かっていたが、
調べてみて、やはりそうだった。
そして学校に3年間勤務すれば特別支援の免許が手軽に取れることもわかった。
まあ、私には喫緊の問題のため3年も悠長に待っている暇はないと思ったが。
カウンセリングが始まり、カウンセラーさんは
『どうですか、あれから1週間たちましたが。』と切り出した。
「そうですね、水曜日は不安定で午後は年次をとって帰りました。その後は本屋によって...」
===============
水曜日は調子が悪かった。
学校に来るまでは普通だった。
来てからしばらくして、以前仕事で頼まれごとをされたにも関わらず、それが記憶に残っていないことが判明。
思い出せない!思い出せない!!思い出せない!!!
と思っている間に様々なことに考えが派生し、自己嫌悪タイム突入。
もう叫びたいやら、部屋から飛び出したいやら。
しかし別室、個室とは言え、職場。さすがに理性が働いた。
そのかわり、爪をたてて手を強く握ったり(タイピングを阻害するくらい長い爪。邪魔すぎて今切ってきた。)、
頭を机に打ち付けたりした。
内側からわき出てくる自分自身への怒りをコントロールすることは難しかった。
頭を机にぶつけながら、いやしかしこんなことをしてはいけないと言う自分もどこかにいて。
最終的に何も考えてはいけない、と頭を机にあずけ、ぐったりしていた。
給食を運んできてくれた副校長が仕事は進んでいるかと聞くので、
「今日すごく調子悪いです。もう帰りたい。」と吐き捨てるように言った。
「帰ったらいいんじゃない?無理しない!」
そして午後は年次休暇を取って帰った。
===============
それからカウンセラーさんと様々な話をした。
そして、調べてきた特別支援学級についての話もした。
「やっぱり特別支援学級となると保護者からの要望も多いじゃないですか。
そう思うとやっていけるのかな、と思って。
調べているときに、ちゃんとやっていると保護者の方も見守ってくださるけど、
少しでも手を抜くと詰めてくるというようなのを見たんですよね。」
「昨日以前バイトしていた結婚式場に行ってきたんです。
正直自分にはこっちの方が似合うなと思いました。
似合うなんておこがましくて、結婚式場に悪いなと思うんですけど(笑)
って自己肯定感低いですよね(笑)
けど結婚式場って後々保護者になる人たちを相手にするわけじゃないですか.................」
そしてカウンセラーさんが私の中の「保護者」というものに注目しはじめた。
『ここは大事なところだと思うので後でもう1回触れたいのですが...』
そんな感じで切り出されたような気がする。
(もう忘れてきてしまっている、思い出したいが、無理だろう。)
おそらく「保護者」というところに引っかかるのは自分自身の過去と繋がるものがあるのではないか、
と言われたのだろう。
その話をされた時、なぜか自然と涙が出てきた。
そして話は自傷行為へ。
(以前私は学校で錐でリストカットを試みたことがある。)
『なんでそういうことをしてしまうと思いますか?』
「自己肯定感が低いからじゃないですか?
自分のことが好きだったらそんなことしたいと思いませんよね。」
『たしかにそういうこともあるでしょうね。でも、自分が嫌いだから自分を傷つける?なぜでしょう?」
「たしかに.........」
(少し時間をおいて)
『こういう職なので、精神科に行ったり、リストカットをしてしまったりする人とも話すことがあるんです。
その中で1人なぜ自分がそういうことをしていたか分かったという子がいて。』
「どうしてなんですか?」
『そうすることで自分が見たときに苦しかったことが分かるから、と。逆にそうしないと実感がわかないというか、
先生もそういうところがあるんじゃないですか?』
「自分に見せるってことですか?」
『まあそういうことになるかと』
衝撃的だった。
というのも最近読んだ本に書いてあったことと同じだったからだ。
リストカットをして、その理由を問われた筆者が「傷を見せたら仕事をすぐに辞められそうだと思って」という内容を話したことに対する医者の言葉
〔「周囲の目を気にしすぎていませんか。休職にしろ,退職にしろ、自分が嫌ならそうすればいいだけのことです。なぜそれを他人に説明して見せる必要があるんでしょう。他人にだけじゃないですよね、自分自身に見せようとしたのかもしれませんね。」〕
『死にたいけどトッポッキは食べたい2』 パク・セヒ 光文社 2020年12月30日 68,69頁
『以前部活で存在意義が、って話してたじゃないですか。そういうものを求めているのかもしれませんよ。』
(直前に今代わりに担任している先生は経験豊富であるため、
教室に戻らない方が子どもたちにとってもいいのではないか、ということを話している。)
そうなのか、私は自分が苦しいこともわからなくて、自分のことを認められなくて、そうやって自分のことを傷つけたがるのか、と
自分の今までの生き方がとても情けなく感じた。
『先生が今苦しいのはそういう深い部分にあると思うんです。でもそれだけではなくて、目の前のこともやらなければいけなくて。2層構造で考えていく必要がありますね。専門的な立場からすればそのためにまず目の前のことを整えましょうってことなんですけど。』
「じゃあ休職したほうがいいってことですか?」
『先のことを考えたらメリットもデメリットもあるでしょう。』
「じゃあとりあえずまだ教室には戻らない方がいいですかね?」
『戻らなくていいんじゃないですかね。」
私はもう自分が健康状態に戻ったと思っていた。
しかし、教室に行きたくないから別室でぐずぐずしているのだと思っていた。
これを聞いてどこか安心した自分がいた。
この問題は私の人生を左右する問題であると、カウンセラーさんは言った。
そのために時間が必要であると。
教員という職を通して露わになってきた、仕事上だけで終わらない私自身の大きな課題
「保護者」というものをぶつけられたような気持ちだ。
正直会話の内容全てを覚えているわけではない。
次からこっそり録音してしまおうか?その場で流し聞いてしまうにはもったいないような気がしてならない。
パク・セヒさんのように全て録音して自己検閲しようか?
彼女とは思考が非常に似ている気がした。
今度この本の紹介もしたいと思う。
これら今まで書いてきたものは自分のためにまとめた(まとめられていないが)ものなので、
他者から見たときにどう写るのか分からない。
おそらく非常にわかりにくいのではないかと思う。
しかし、今後のブログと結びついていくものになる非常に大きなものであることは言える。