前回のブログから少し間があいてしまったが、3度目のブログを書いていこうと思う。

 

 

 

さて、先週は教室に行けなくなってからの1か月で最も壮絶であったといえる。

ついに「死」を考え始め、副校長の前で泣きながら

 

「しにたい」

 

と訴えたほどである。

 

そうなったのはなぜかというと、会話の中での何気ない言葉が原因である。

月曜日人と会話しているときに、その人の意識には残っていないであろうレベルでさらっと

「迷惑をかけていることも自分である程度分かっているだろうし」

と言われた。

また、「今年度中に大きな決断をしなければいけない」

とも言われた。

 

どちらも自分が1番分かっていることだった。

迷惑をかけていることなんて重々分かっている。

しかし、教室に行けないから自分でも困っているのだ。

「やっぱり私は人に迷惑をかけているのか...」

改めて実感した。

 

「人に迷惑をかけているくらいならしんだほうがいい、生きている価値なんてない。」

「しかし迷惑をかけないで生きている人なんていない。」

「それにしてもお前は迷惑をかけすぎなんだよ。」

 

自分の中で2人が言い争っていた。

結局勝ったのはいつも通り、悪魔だった。

 

 

「今年度中に大きな決断をしなければいけない」

この言葉も深く私に刺さった。

 

仕事を辞める決断も、続ける決断も、私にはできそうにない。

ならばしぬほうが容易そうだ。

 

(【余談】先週しにたいしにたいと喚いていた私にとって神田沙也加さんが亡くなったのは衝撃的だった。人はこんなにも簡単にしんでしまうのかと思った。ニュースを見てからそっとMaison de FLEUR Petitie Robe canoneの服を1着買った。以前から欲しいと思っていたものの買っていなかった服。これを着てすこし自己を見つめてみようか、そんな気持ちになった。)


ある程度波が過ぎ去ってから、なぜ自分がこんなにも決断できないのか振り返ってみた。

そして1つ自分の中で仮説ができた。

それは、「決断をしたことがないため」である。

 


私は今まで大きな決断をしたことがなかった。

高校時代、文理選択では、理系に行きたかったものの、数学が苦手だからと文系に逃げた。

大学を選ぶ際は、親の言いなりになった。(しかし大きな戦いをした末に負けたと言う形での言いなり)

大学での専攻を選ぶ際は、中学校国語を受験しようとしたものの、枠が広いからと小学校がいいのではないかと当時の担任にすすめられ、小学校で受験した。

就職するときは、やりたい仕事もなく、どうしようかと思っていたが、周りが教員になるため自分も合わせた。

どこの自治体の教採を受けるかも、周りが受けるからと、通っていた大学のある自治体の試験を受けた。

 

今までの私は逃げるか、言いなりになるか、周りに合わせるかしかしてきたことがなかった。

 

しかし、今回周りには、合わせることのできる同じ状況の人はいない。

逃げる先もない。

親が干渉してくるにも年齢が年齢だ。

 

私は今、初めて自分で大きな決断を下さなければならない。

そういう状況にある。

 


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こうなってから副校長と話をすることが多くなった。

その話の中で私に「愛着障害が当てはまるのではないか」と副校長は言った。

 

話が終わった後、愛着障害とはどのようなものか調べてみた。

調べてみて結構失礼なことを言われたのでは?笑と思った。

というのも、その特徴として

 

・ちょっとしたことで傷つきやすい

・怒ると建設的な話し合いができない

・過去の失敗や恐怖をいつまでも引きずっている

・折り合いを付けることができない

 

ということがあげられていたからだ。

 

正直私は自分が愛着障害ではないと思っていた。

現在でも母が過干渉なくらいで、個人的には迷惑だと思っているところもあるが、愛情を注がれていなかったとは思わなかったからである。

 

しかし、最近副校長がそう考えるに至った本を読み始めると、少しなるほどと思うところがでてくるようになった。

片親、ネグレクト等でなくても愛着障害になるケースがあるようだ。

 

母に厳しく指導されていても愛着障害になるとか?すでにもう少し忘れてきてしまっている。

気になる人は後で読んでみて欲しい。

(「愛着障害」子ども時代を引きずる人々 岡田尊司 光文社 2011)

 


ここ最近は成績を付けることで学校は大忙しだが、その作業をしている中でふと、あるエピソードを思い出した。


自分自身が小学生の頃の話である。

私自身にはもうその記憶はなく、母から聞いた話だが、私は担任に成績を改ざんしてもらったことがあるらしい。

生活の評価である。挨拶の部分。


日頃から母に挨拶について厳しく指導されていたような記憶はなんとなくあるが、

そのあいさつの評価が「できる」だったことで泣いたようである。

「よくできる」でないと母に怒られると言って。

そして担任が評価を変えてくれたらしい。

面談の際に母にはそういうことがあったと話したようである。

「怒らないであげてください」と言って。

 


今教員になって、泣いて成績を変えてもらうだなんてどれほど大泣きしたのかと思う。

私だったら泣かれても評価を変えることはないような気がする。

 

母が厳しい故になる愛着障害に自分が当てはまるのではないかと、この記憶からも思った。

また、愛着障害をもつ人はこうした精神疾患にもなりやすいらしい。

 



ここまで書いたものの、なんだかうまくまとまらなくなってしまった。

音楽を聴きながら文章を打つと推敲の能力までも低下してしまう。

 


ところで本を読むことが趣味になりつつあるが、先程あげた愛着障害の本で文豪と呼ばれる人たちも多く愛着障害を抱えていたということが書かれていた。

またその生き様が作品に現れていると。

興味深いと思った。

というのも、私は同じような状況下にある人のエッセイを読むことが1番だと思っていたからだ。(1番と言ったが適切な表現が思い浮かばなかった故の言葉である)

これから少し文豪と呼ばれる人達の本も読んでみようと思った。

その生きづらさに共感したい。

 

まずは、大学時代にかって読破できなかった、「こころ」から読もうと思う。