今日からブログでも書こうか、なんて気持ちになった
私は小学校教員1年目、そして2学期半ばくらいで教室に行けなくなった
精神疾患の病名がつけられ、半分休職状態である
今日からブログを書こうかなと思ったのは、自分に向き合うため
私はこうして文章に書くことで思考が整理される気がする
最近エッセイを読んでいたが、この前副校長に自分でも書いてみたら?と言われた
その時は流してしまったが、今日、いいかもしれないと思った
日記では駄目なのだ
誰かが見てくれるかもしれない、という気持ち(?)が必要だった
(そういえば初診の時病院でも自分の考えを書くといいと言われたことを思い出す。エクセプレッシブライティングというもの。ブログはまたそれとは違うが、似ている部分もあるので代替えにしよう。)
誰かに見てほしい、これも、今日スクールカウンセラーに突きつけられた私の課題と繋がりがあるのかもしれない
教室に行けなくなって1ヶ月すぎた
私は現在、別室出勤させてもらっていて、その部屋で子どもたちの宿題を見たり、本を読んだりしている
行けなくなった理由は様々あるが、問題が顕著になったのは常に仕事に追われていて、仕事をしなければ、仕事をしなければ、と自分を追い詰めてしまっていたことが1つの理由
教員は持ち帰り仕事が多い
私も何度か休日出勤したことがあるし、それを前提に金曜日早く帰る先生もいる
平日帰っても、休日でも頭のどこかに常に仕事をしなければと自分を追い立てるもう1人の自分がいる
しかし、そう思うほどに動けなくなった
教室に行けなくなった日、
出勤し、出勤印をつきに校長室に入る挨拶をする時に泣き出しそうだった
そしてその後自分のパソコンを立ち上げたらもう泣きそうだった
これはいけないと思い、生徒指導の先生の机ところに行き、しゃがみ込んで話をしようとしたところで
「しんどいか」と察していただいた
その日からもう教室に行けなくなった
先ほども書いたように、行けなくなったのには様々な要因があるが、それについては多少フィクションを加えながら(身バレ防止のため)、今後少しずつ触れていけたらと思う
(どのくらいブログが続くかも分からないが)
今日カウンセラーさんから言われたのは、教室に行けなくなったというこの問題が、私の人生に関わるものではないかと言うこと
その衝撃が自分の中で大きく、そんな生き方をしてきた自分が情けなくて、そして自分の個人的な問題のせいで職場に迷惑をかけていることが申し訳なくて、今日は泣きながら車を運転して帰宅した(と言いつつまだ本屋の駐車場にいる)
私は教員になってからしばらくして、親から子どもに対する愛情を不快に感じるようになっていた
自分でも歪んでいるなと思う
私が子どもに連絡帳を記入させる際、明日まちたんけんがあることを書かせなかったせいで体操服を着せるのを忘れた
忘れてしまったのは私(保護者)が悪いが、そのことで息子が周りから ○○くんだけなんで体操服じゃないの? と言われるのが嫌だ、だから連絡帳には次の日の予定を書かせるようにしてくれ
そういった細かい保護者からの要望で私は歪んでいったように思う
スクールカウンセラーさんは、私が様々ある中で、「保護者」という部分につまづいているのではないかと話した
そしてそれが私自身の過去とも繋がっているのではないかと話す
私は自分の家庭環境が変だとは思うが、そんなに重大なものであるとは捉えていなかった
衝撃的だった
今回はもう長くなってしまったので、カウンセラーさんとの話はまた後日気が向いた時に書きたい
気が向いた時にと言っても、自分が何を考えていたのか、何を思っていたのが自分でも留めておきたいからなんとか頑張って書きたい
いつ飽きるか分からないが、少しでも読んでくれる人がいたら救われる
私は小学校教員1年目、そして2学期半ばくらいで教室に行けなくなった
精神疾患の病名がつけられ、半分休職状態である
今日からブログを書こうかなと思ったのは、自分に向き合うため
私はこうして文章に書くことで思考が整理される気がする
最近エッセイを読んでいたが、この前副校長に自分でも書いてみたら?と言われた
その時は流してしまったが、今日、いいかもしれないと思った
日記では駄目なのだ
誰かが見てくれるかもしれない、という気持ち(?)が必要だった
(そういえば初診の時病院でも自分の考えを書くといいと言われたことを思い出す。エクセプレッシブライティングというもの。ブログはまたそれとは違うが、似ている部分もあるので代替えにしよう。)
誰かに見てほしい、これも、今日スクールカウンセラーに突きつけられた私の課題と繋がりがあるのかもしれない
教室に行けなくなって1ヶ月すぎた
私は現在、別室出勤させてもらっていて、その部屋で子どもたちの宿題を見たり、本を読んだりしている
行けなくなった理由は様々あるが、問題が顕著になったのは常に仕事に追われていて、仕事をしなければ、仕事をしなければ、と自分を追い詰めてしまっていたことが1つの理由
教員は持ち帰り仕事が多い
私も何度か休日出勤したことがあるし、それを前提に金曜日早く帰る先生もいる
平日帰っても、休日でも頭のどこかに常に仕事をしなければと自分を追い立てるもう1人の自分がいる
しかし、そう思うほどに動けなくなった
教室に行けなくなった日、
出勤し、出勤印をつきに校長室に入る挨拶をする時に泣き出しそうだった
そしてその後自分のパソコンを立ち上げたらもう泣きそうだった
これはいけないと思い、生徒指導の先生の机ところに行き、しゃがみ込んで話をしようとしたところで
「しんどいか」と察していただいた
その日からもう教室に行けなくなった
先ほども書いたように、行けなくなったのには様々な要因があるが、それについては多少フィクションを加えながら(身バレ防止のため)、今後少しずつ触れていけたらと思う
(どのくらいブログが続くかも分からないが)
今日カウンセラーさんから言われたのは、教室に行けなくなったというこの問題が、私の人生に関わるものではないかと言うこと
その衝撃が自分の中で大きく、そんな生き方をしてきた自分が情けなくて、そして自分の個人的な問題のせいで職場に迷惑をかけていることが申し訳なくて、今日は泣きながら車を運転して帰宅した(と言いつつまだ本屋の駐車場にいる)
私は教員になってからしばらくして、親から子どもに対する愛情を不快に感じるようになっていた
自分でも歪んでいるなと思う
私が子どもに連絡帳を記入させる際、明日まちたんけんがあることを書かせなかったせいで体操服を着せるのを忘れた
忘れてしまったのは私(保護者)が悪いが、そのことで息子が周りから ○○くんだけなんで体操服じゃないの? と言われるのが嫌だ、だから連絡帳には次の日の予定を書かせるようにしてくれ
そういった細かい保護者からの要望で私は歪んでいったように思う
スクールカウンセラーさんは、私が様々ある中で、「保護者」という部分につまづいているのではないかと話した
そしてそれが私自身の過去とも繋がっているのではないかと話す
私は自分の家庭環境が変だとは思うが、そんなに重大なものであるとは捉えていなかった
衝撃的だった
今回はもう長くなってしまったので、カウンセラーさんとの話はまた後日気が向いた時に書きたい
気が向いた時にと言っても、自分が何を考えていたのか、何を思っていたのが自分でも留めておきたいからなんとか頑張って書きたい
いつ飽きるか分からないが、少しでも読んでくれる人がいたら救われる