さて、今日は私が教室に行けなくなってから今までのことをまとめようと思う。

というのも年明け早々にカウンセリングに行くためである。

公立学校共済組合のおかげで年度内5回、無料でカウンセリングを受けることができるが、

本来1回1時間1万円以上するようである。

それに無計画で行くのはあまりにももったいないと思った。

どうせブログでもいつかは触れようと思っていた話である。

ならば準備もかねてここで今までのことをまとめようではないか。

 

今までのことをまとめていくため、もしかしたら以前のブログと重複する部分があるかもしれないことを了承して欲しい。

そして子どもの話等が入ってくるため大きな流れが変わらない程度に

多少のフィクションを加えていくことも今補足しておこう。

 

 

私は9月末から10月頃から沈み始めた。

1つ大きかったのは10月にあった遠足である。

 

遠足では公共交通機関の利用体験として電車に乗ることが決まっていた。

そして電車内での3密を避けるため、1組、2組それぞれで行動する

クラス別遠足が予定されていた。

私は講師経験もない大学上がりの初任で、今まで遠足の引率などしたことがなく、学級別遠足であるというだけでもう不安が大きかった。

 

遠足に行くために、教員は事前に立ち寄る箇所の下見を行う。

遠足のアポイント等は夏休みに行っていたが、そのとき学年主任から

「遠足まだ先になったから(9月の候補日が多い中で10月になったから思っているより先になったという意味)夏休みに下見はしなくていいね~」と言われていた。

正直その時点で嫌な予感はしていた。

 

1学期の町探検も事前の打ち合わせが全然なく、放課後に聞こうと思っても午後年次を取って学年長がいないということがあったためである。

結局打ち合わせができず、教務から計画書のコピーを受け取った。

まあ、それでもなんとかなった。

学年で動くものであったからである。

 

しかし今回は話が違う。

何の経験も知識もない私がメインとなって35人を引率をしなければいけない。

どれほど不安であったことか…

 

遠足が1週間後までせまってきてようやく下見の話が出てきた。

しかしその話が出てきた頃コロナワクチン2回目接種の副反応の関係で、お互い出勤が合わないことが多かった。

学年長は木曜日に接種をしていて、金曜は休んでいた。まだ下見の日程は決まっていなかった。

次の週に遠足に行くというのにこのままではまずすぎると思い、放課後主幹に相談し、

体調を気遣うLINEを送りながら下見の話を出してみることになった。

しかし体調が非常によくなかったのであろう、その日のうちに返事は帰ってこなかった。

 

土曜日になってようやく返事が返ってきて「熱が下がっていなくて明日下見行けるか怪しいです」と言われた。

もう、絶望。

 

まあ日曜日の朝行けると言われたので、このこと「は」よしとしよう。

 

今「は」という部分を強調したのには理由がある。

下見の内容が下見と呼べるものではなかったからである。

 

本来の下見はトイレの場所・数、子どもたちを集める場所等々を確認するものであるようだが、私たちがしたのは「通る道を歩いてみる」ことであった。

(しかもその途中で学年長は個人的なガチャガチャを回していたし…)

私は今まで遠足の引率をしたことはなかったし、下見もしたことがなかったため、そのときは「下見とはこんなものなのか」と思っていた。

 

それが下見ではなかったと気づいたのは月曜日。

一緒に私のクラスに付いてきてくれる再任用の先生と話をしていた時に判明した。

もう、涙。

下見がなっていなかったと分かった先生は「私早く帰れるから見てくるよ」といって代わりに全て下見してきてくれた。

 

そして前日の夜、自宅で明日の流れを確認しようと1人で確認し始めたが、全然イメージできなかった。

出発時間や到着時間は分かっていたが、そのために何時にどこに子どもたちを集めたらいいの全く思い浮かべることができなかった。

 

遠足に行く日の朝、急遽付いてきてくれることになっていた主幹に泣きついた。

そんな私をみて主幹は「俺がいるから大丈夫だから!」といってくれた。

 

そして、大丈夫だった。主幹がいてくれたから。

主幹がその都度「○時にここに集合させよう。その後トイレの時間を取る。」等全部決めてくれた。

私はそれを子どもたちに指示する係だった。スピーカー状態。

 

帰ってきてから再任用の先生、主幹から「大丈夫だったじゃん!!!」と褒められた。

「いや…全部先生方がいてくださったからです…私はスピーカーだったので…」

『いやでも俺らが指示するのと夜先生が指示するのでは子どもたちにとって響きが違うんだよ』

全然納得(?)いかなかった。スピーカーだったし。

 

 

だらだらエピソードを書いてきたが、これがまずこうなったストレスの1つであった。

そうでなくてもやらなければいけない仕事がたくさんある。

正直定時なんて定時ではない。

1学期最終日まで定時を間違って覚えていたくらいには定時で帰ったことがない。

家に帰ってからも次の日の授業準備をして寝るだけ。

平日に趣味の時間なんてない。

休日も子どもたちの提出物をみたり、丸付けをしたり…

休日は平日を楽にするためにあるもの。休みではない。

 

さらっと書いたが、遠足の下見も当たり前のように休日だったし、

それを否定する人もいなかった。

 

これから行けなくなるまでにあった細々した事例をいくつか書いていくことになると思うが、根底にはこの多忙感があったということを押さえておいて欲しい。

 

1つのエピソードだけで相当な長さになってしまったので1度ここで切って、午後か、後日他の話に触れようと思う。