0. 母と特養のこと

 

1月末に転倒をして母が眼窩と頬骨を骨折した件で、特養の対応があまりにも杜撰であったこと、苦情をメールで送ったにも関わらず2ヶ月放置されたことを以前のブログで書きました。

 

3月17日に特養の責任者と対面をし、ひとつずつ何がいけなかったのかの説明と謝罪とを受け、今後の対策に関して聞いてきました。

 

「今後はこのようなことがないように、きちんと報告をし、お母様の安全を守ります」

 

という言葉をいただき、私は「そのようにお願いします。自分にできないことをお願いしているので強くは言えないという気持ちもありますが、プロとして信頼してお願いしているのでそこは絶対にお願いします」と話しました。

 

そして、同じ特養施設に暮らしながらもフロアが違うため、コロナ禍で会えないでいる両親が同じフロアに移動できるよう再度お願いをしてきました。

 

「母のQOLを上げるためにも是非。父はどうか知りませんが、母は父が大好きな気持ちが今は大きいのです」

 

しかし、9月末に入居した後も「帰りたい」とフロア内を夜中まで徘徊し、苛立ちが強い母が自分の部屋から移動するのは難しいでしょうと伝えられ、私もそこは納得しました。ZOOMで会話をして気づいたのですが、母は角部屋で二面に窓がある気持ちよさそうな部屋をあてがわれていて、ここから移動するのは認知症を患っているとはいえ何か気づくだろうな、と。

 

「では、母のフロアでどこか空きが出たら、父をどうか移してください」

 

とお願いをし、その日は帰ったのです。

 

 

 1. 母との最後の会話

特養でのZOOM面会は、母の気持ちが荒ぶっていたので特養から長らく止められていましたが、1月頃からできるようになりました。

 

1ヶ月に2回まで。20分。午後2時から4時の間までのみ。

父とは月に1回ですが、母とは月に2回入れるようにしていました。

 

孫に会わせるのが主な目的なため、その時間にはきちんと子供が集中してiPadに向かってくれるように、普段は予定を空けているのですが、雨天順延で前日に予定されていたヴェルディ主催のボールイベントがあったため、フィールドから母に電話をしました。

 

19日午後2時から。

 

楽しくて楽しくて色々と遊びたい子どもに「ほら、おばあちゃんだよ」と話させるのは酷。しかも、同じことを繰り返し聞く母となんか、私だって困ってしまう。少しだけ話して、あとはサッカーボールを追いかける子どもを見せ、10分もしないうちにお別れしました。子どもが構ってと不機嫌です。

 

「またね。お母さん、大好きよ」

 

私は、できるだけいつも愛を伝えます。子どもにも親にも。誰にでも。

伝えておいてよかったな、と思います。それがきちんとした最後の会話です。

 

 

 2. 母の不調

特養から電話がかかってきたのは3月25日午後4時半のことです。

 

「もしもし、お世話になっております〇〇の▲▲です。黒澤さん、胸が痛いとおっしゃるのでご報告です。聞いてみると、心臓のようなのですが、バイタルも問題なく、お熱もありません。しかし、場所が場所だけにこちらでも用心して見てまいりますが、ひとまずご報告のお電話を差し上げました。」

 

 

「あの、両親共お世話になっているのですが、どちらでしょうか。」

 

「あ、奥様の方です。」

 

ここ、本当に連絡下手だなと思いながらも、丁寧にお礼を言いました。

 

 

 

3月26日午後3時過ぎ

「お母様、まだ胸が痛いということで、往診の先生に診ていただきましたが、特に問題がなく、お熱がありますが37度4分です」

 

私は出先だったのと、子供の平熱は37度5分だから、そういうこともあるだろうと思っていました。

 

 

 

午後6時過ぎ

「38度になりました。どうやら風邪のようで、喉の痛みを訴えています。注視してまいります。」

 

 

 

それから、母が好きな黒糖飴などをヨドバシエクストリームで注文。

 

 

27日は連絡なし。

ここで安心するも、どこかで「何かが起こるかもしれない」とどこかで考えていました。

 

 

28日午前7時

特養から別の用事で出したメールへの返信が送られてきました。

 

 

「薬の効果もあってか、血圧は140台で安定していますが、微熱が続いております。
時折胸部痛の訴えが聞かれること、昨夕に不整脈を確認したと看護師から報告を受けたことから、
本日の内科往診にて改めて嘱託内科医師へ情報提供し、指示を仰ぐ段取りとなっております。
往診結果が分かり次第、報告させていただければと存じます。」

 

 

その件に関して、この後の話はわかりません。

 

 3. 当日のその時

 

 

そして午後5時前。私はいつもより早く保育園に到着していました。

無料体験の音楽教室に子どもを連れて行くためです。

 

ちょうど、ばたばたと園を出る頃、特養から電話がかかってきていましたが、私は気づきませんでした。

 

私が一馬力なので両親の世話ができない非常時のために、頼んでいた一般社団法人LMNの遠藤さんからも着信がありましたが、それにも気が付きませんでした。

 

5時20分。音楽教室の順番を待っている時に、特養からの着信履歴にようやく気がついて特養に電話をしました。

 

「お母様がお熱があるのに、部屋の棚の整理をしていたので職員がお止めして、胸が痛いというので血圧を測っている最中に白目をむいて倒れました。すぐに救急車を呼び、今搬送先がなかなか決まらないで、施設前に救急車が止まっている状態です。」

 

 

なるほど、順序立てて時系列で説明するんだな、日本は。

と変なことを考えながら、ちょうど呼ばれたので、子どもとグループレッスンの教室の中に入りました。

 

「わかりました。搬送先が分かり次第ご連絡ください。」

 

今、私にできることはない。

 

 

今はまだ。

 

電話が来たら迷惑をかけてしまうが教室を立とう。

ジーンズの尻ポケットに携帯電話を入れて、席につきました。

 

ただ気掛かりなのが携帯電話の充電も、電動自転車の充電も15%を切っていること。

 

 

下手に連絡はとれない。

落ち着こう。

 

 

 

爆音のドラムレッスンが始まりました。

 

 

続く

 

 

 別枠: 私観察日記 死から8日

 

(身構える、です。間違えました)

 

食欲がわかないので、家事代行さんを頼むも、ご家族がコロナになってしまってキャンセルに。

 

でも食べないといけないとはわかっているので、昼もお弁当を買ってきて食べた。夜ご飯を作る気力はない。なんだか「自分を助けてくれる人はひとりもいない」という気持ちが強く感じられてしまっている。が、それは真実ではないとわかっている。が、家族(弟も父も葬儀を私が行ったことに対して何もお礼もないし、何もない。何もなさすぎて、母の死はなんだったんだろうと考え始めてしまうくらいなんだ)が全くもって感謝もなんにもないし、本当になんにもなさすぎて、もう私には家族がないんだなぁと感じています。

 

いいもん、食べないといけない。