◇◇◇◇◇◇◇

ある朝の風景―須賀寛貴―

◇◇◇◇◇◇◇







ふと気が付くと、横で眠っていたはずの彼女の姿がなかった。
サイドボードの上の時計は朝の6時を指している。
ゆっくりと身体を起こすと、身体が心地よく疲れている。
今日は彼女も自分もオフだからと、昨日の夜、羽目を外し過ぎた。
肌に残る彼女の温もりと香りに、自然と笑みが零れる。
ガウンを羽織り、ベッドを抜け出すと、寝室をそっと出る。

「キッチンか…」

カチャカチャと、キッチンから音が聞こえ、いい匂いが微かに鼻腔をくすぐる。
音を立てずにキッチンへ近付き、覗くと、彼女が鼻歌混じりに食器を洗っていた。
ヘンテコな歌に、笑ってしまう。
そっと背後に近付き、抱き締めると、持っていた皿を落としそうになる。

「び、びっくりした…!」

振り返った彼女の頬にキスを落とすと、くすぐったそうに目を瞑る。

「もう…洗えないよ」
「…洗わなくていい…」

彼女の身体を強引に向き合わせると、顎を掴み、優しくキスをする。

「泡が!」
「気にしない」

更に深く口づけると、彼女がしがみついてくる。

「……ん……」

唇を離すと、少し潤んだ目で、見上げてくる。
理性が飛びそうなのをぐっと我慢して、彼女の柔らかな髪を手で梳く。

「…寛貴くん、強引。そんなことしなくても、私は逃げないよ」
「それは分かってる」

彼女の髪にキスをすると、名残惜しいが彼女から離れた。

「シャワーとか浴びてくる?その間に朝ごはん用意しておくから」
「ああ。そうする」

言われた通りに、風呂場へ行き、熱いシャワーを浴びる。
彼女がいる幸せ。
昔もそれを感じない日はなかったが、
今程感じたことはなかった。
非日常な世界から、彼女が待つ家に帰ると、すごく安心してしまう。
…だから、早く彼女を手に入れたいと思っている。
…だが、結婚を意識すると、どうしても一歩を踏み出せない。
迷惑を掛けることが分かっていて、彼女をそんな道に引きずり込む勇気がなかった。…かと言って、彼女を手放す勇気もなかった。
…中途半端な気持ちが余計に彼女を気付けてるかもしれない。

「はぁ…」

シャワーを止めて、風呂場から出る。
脱衣所には新しい下着と服とバスタオルが用意されていた。
僅かな心配りがとても嬉しい。その反面、少し心苦しい。
服を着て、リビングに入ると、テーブルの上には、美味しそうな朝食が並べられてる。

「あ、寛貴くん、食べよ」
「ああ」

二人で向かい合わせに座り、手を合わせる。

「ありきたりな朝ごはんだけど、和食の方が身体にいいかなと思って」
「ん…ありがとう」

味噌汁、ご飯、焼き魚、お浸し、定番の和食だが、どれもしっかり味がして、とてもおいしい。

「…どう?」
「美味い」
「よかった…」

胸を撫で下ろして、箸を付け始める彼女を見て、箸が止まる。
自分のためにしてくれる彼女に、自分は何か出来ているのだろうか。

「…寛貴くん?」
「うん?」
「どうしたの?何かあった?」
「いや、何もない」

心配そうな彼女に、笑顔を向ける。
彼女は少し考えこんで、それから箸を置いて、真面目な顔で見つめられる。

「…私、幸せだよ?寛貴くんのそばにいるだけで幸せ。ずっとそばにいたいよ。…その形はどんなものでも構わないよ」

ハッとする。
どうして、いつも欲しい言葉をくれるのだろう。
ふわりと笑う彼女を、自分の手で守りたいと思う。
いつまでも彼女に甘えているわけにもいかない。

「……ありがとう」
「ううん」
「…ずっと思ってた。俺がお前に何をしてあげられるのだろうって」
「うん…」
「もっと、ちゃんとした所で言った方がいいかもしれないが、……今言いたいから」

彼女の瞳が少し潤んでいる。
少し息を吸い、今まで言えなかったことを、言葉にする。

「結婚、してくれないか?」

彼女の瞳から涙が溢れてくる。
その涙がすごく綺麗で、見惚れてしまう。

「……うん。よろしくお願いします…」

泣きじゃくる彼女を、椅子から立ち上がり、抱き締める。
泣き止むまでその背を撫でる。

「……じゃあ、今日の予定は決まったな」
「え?」

涙で濡れた顔で見上げる彼女の額に、触れるだけのキスを落として、彼女の手を取る。

「ここに証が必要だろう?」

左手の薬指の付け根を撫でると、彼女がまた涙を零す。

「…嬉しい…ありがとう」

彼女を守る。
それがきっと自分の力になる。
再び泣き出した彼女の背を撫でながら、そう心に誓った。