令和7年6月14日(土) 愛宕区民協働スペース
(引っ越しで、写真が『前の携帯』から取り出せなくなってしまったので、取り出せたら増やしていきます!!)
・11月に区長懇談会での文章問題で(←もうあまりにストレスが溜まりに溜まっているので言ってしまうが、内容はまだ言わないが資料が2種類ある・区からは呼び出されて正式に謝罪を受けている・・・全員が全員良い人の組織なんて、この世には無く、厚労省や都が「港区は自治区みたいなモノだから口出し出来ない部分がある」と言う様に、区や行政に、悪い人が入り込んでいて、【波風立たせない様にしようね】と3人で決めた事が守られず、トラブルを続けさせようとした人間が居た・・・ ←その人間の名はまだ解からない・・・異動もさせられていないかもしれない・・・若い係長の職員が背負わされ謝るばかりだったので「組織には良い人も悪い人も居ます。暇だから・出世出来無いから・仕事がツマラナイからってワザとトラブルを起こして楽しむ人も存在します。(「誰がやったか?」と訊いても行政訴訟でもしない限り、貴方は答えられないでしょう、だから)、今回の、この経験を今後の福祉に役立てて下さい」と言うしかなかった。)
↓
・12月に他の施設の演劇部の件で東西1ヵ月奔走し、正義の圧力が区から加わって、1人の人生を守る事が出来た。
(たった1人の人生も救えなくて何が福祉かよ?)
・1月~2月に港区で他施設の悪名高い【診療情報提供書】を(お願いベースで全員に出させるという)障碍者を『管理する』件(←そんなの絶対無理
・だって部屋から出て来られない人や、
・主治医が製薬会社の圧力か?メディア広告業界か?何かの圧力で?「お前の主治医にはなりたくない」と拒否られた人
・法でもないのにそんな事にお金を払いたくない人
・全員に説明をするハズが【診療情報提供書】の件を説明されていないと言う利用者が居たり、)
と
・引っ越し
・医療やその他の件で、もう何が?何だか?というぐらい忙しく、6月の予約がトンでしまった。
正確には
・他の大きな団体が2部屋取っていて「一部屋譲ってあげてよ~」という偶々数日後に気付いて電話を取った経理の上役の人のお願いを「絶対に譲らない」と跳ね付けたと言われた経緯がある。
その時、多忙で朦朧としていて、1ケ月間違え、その経理の上役の人との関係に溝が入ってしまった。
昨年、詳しくは書けないが、区議達や元区議・民生員さん達も含め(区長への声は区長室の人が障害者福祉課に回していて、前区長は未だに真実を知らない状況←随分話し掛けて、気に掛けて下さっていたのに・・・真実を伝えられない!!)、の1年半ぐらい港区を揺るがすぐらいの色々な事があって、港区で10年前後、大田区の人間に(←大田区全員が悪いってワケじゃなく)苦しめられてきた事から、利用者が「ここは(オブラートに隠して言うが)大田区の人間の更生施設でも病院でも無い、みんなの安心安全な場なんだ!!」と大きい声で約1年半いつも言い続けていた様に、せめぎ合いの中で、解決をした事件の後処理で、
レスパイト=短期入所も使う時間もなく、再開発で祖母の代から80年住んだ家を追われ(「2軒隣に焼夷弾が落ちたが不発弾だったので、その一帯は焼けずに残っていたが、愛宕山から~新橋は海が観えるぐらい焼け野原だった」と祖母が語っていた。←そんな話を今の場所に住んで、戦時中の事の語り部としても祖母の話を紡いでいきたかったのだが、直ぐ後ろで外人や、外人に頼まれた日本人や、不動産転がしの日本人が、外国人専門の不動産屋の斡旋による投資目的とかで裏や周りに高級マンションを建てられたら、木造建築の我が家はすぐにペシャってしまう・・・だから出なければならなかった・・・)
※戦火で燃えなかった地域なんて【本当の意味での、世界の遺産】だと思うんだけれど・・・。
(浅草の江戸時代から続く『蛇骨湯』も区が管理せず潰してしまう日本や東京だから・・・東北の誰かが「スパはいつでも作れるけれど、江戸時代から続く温泉は1度埋めたら終わりだよ?」って悲しんでいた記事を読んだ・・・)
そんな事件の中で、短期入所の区分も落とされ、「まだ区民が事件で動揺をしているので波風を立てない方が良い」と言っているのに、福祉施設の相談員や調査員が別の施設に忖度をして報告を上げなかったばかりに、その区の担当職員と「区民のさざ波立つ心の動揺を刺激をしない為に今だけはなにもしないで下さい!!」(=教科書どおりではない)とバチバチでやっていた頃だ。
今はその職員が大人なので普通に話しているが、経理の上役の方は・・
悪る気があって間違えたのではない、その他の施設の重箱の隅を楊枝でほじくる様に全利用者を管理しようとする【診療情報提供書】が原因なんだ。
(港区の障碍者福祉は滅茶苦茶)
それで困って三田の障碍者福祉会館を予約しようとしたら、車椅子の子組が難色を示したので・・・
更に困って、みなと社会福祉協議会に相談し、実績を換算され、面接を行い、社協さんの団体として、
ここ区民協働スペースを使える事になった。
(↓コレがピッとカードをかざす鍵なのだが、慣れるまでが、又難しくて・・・)
(↑当日は、本当に何度も出入りをして練習をする事になったので、逆に良かった!!)
前日か、前々日に区役所の302へ鍵とマニュアルを借りにいかないとならないのだが、
前々日に借りて、前日に練習をしに行ったら、アレ?開かない?
(センターでも映像会の日、配線を引きちぎられ、感電仕掛けられるトラップや、開くドアに卓球台を置かれドアが開かなかったり、ジョイントマットが2種類違うモノが置かれてジョイント出来無かったり、多種多様な摩訶不思議な事が起き続けるので、またかよ~って・・・)
ウロウロ困っていたら・・・民生委員さんが来て「今日使いから、もう開いていて、ちょっと買い物へ行く間電源を切っていたんだよ」と案内をして下さった。
偶々、母とその人が知り合いだったので、理由を話し、マニュアルでは解からない部分を全部説明して頂き、全部撮影をさせて頂いて、何度か練習もさせて頂いた。
1番怖かったのは、みなと社会福祉協議会の担当の人から言われていた「1分以内に鍵を掛けないとセコムと繋がってしまうよ」と教わっていた事だった。
(だから前々日に鍵を借りたんだ)
その練習も何度かし、私達の活動をその方に説明をし、そうこうしているうちに、又知り合いの民生委員さんも来たので、更に私達を説明して下さった。
そして来週22日に助力をする「みなと音楽♪みなとLIVE」のチラシを、当日のイベント後、告知PRをして下さると、チラシを預かって下さった!!
こんな俺の為に、しかも冒頭の全てを知っていて・・・御協力下さるなんて・・・本当に心の中で泣いた・・・
感謝した・・・
(医療事故4回・小さいのを入れると3月の歯を割られた件も含め9回。うち障碍者だというだけで男性器を2回壊されたり、実験台にされたり、治療をしてくれなかったり、治療薬が強過ぎたり、20年近く治った事が無い・・・どんどん身体が壊れていき、医療の隠ぺい・福祉の隠ぺい・福祉の忖度で、涙も枯れ果てている状況だったから・・・本当に小さな親切が、どれだけ膝から崩れ落ちて、涙が出るぐらい、ありがたいか・・・・)
そして区民協働スペースでの活動当日、私は9時半から準備をしていたが、皆は午後からの予定。
案の定、いつも通りに
・自分の飲食をするモノは自分で持ってくる!というスタイルは何も変えない!!
(集金とか無理強いはしないし、もっとフレキシブルに、上下関係も無く・モメない様に細々と続けたいから・・・)
だって、金が目的じゃないもの!!
それは任意団体の認定が下った取引銀行にも伝えて、その金が目的じゃない!!が決め手で認可が降りたんだ!!
福祉でお金得ようなんて、黒字にして、毎年ツジツマ合わせたり、助成金や毎月の集金の為に講師を呼んだり、四苦八苦をしたくないモノ。
それじゃ(自分の居場所が無いから居場所が欲しいだけの私達にとって)本末転倒だ。
センターが土日もやっていたら、私達の活動は縮小も平気でするだろうし、もっと自由に・もっとフレキシブルに動くだろう!!
なので集金はしないが、最近(というかコレを書いている前日の昨日)、他の団体の会長を歴任されてきた高齢者から
「目的を持て!」と言われたので、
解かってはいるんだけれど~・・・って思ったけれど、
本っっっっっっっ当に金の為じゃないので、どうしても直近の(実現可能な)目標は思い付かないんだ。
講師を呼んで、講師料とか、そういうのでもない・・・ ←俺自体が習うのとか、先生が苦手だ・・・
皆、自分が思い思いの好きな事をすればいい・・・、そこに干渉も、否定もせず、良いなと思ったら真似てやればいいと思っているぐらいで、偶に障碍者同士、情報交換をしたりすれば平和で(堅苦しくなく・上下関係も作らず)いいと思うのだが・・・
直近の目標や恒久的な平和・普段傍らにある平和ってのは面白味がないんだろうなー
(解かっちゃいるんだけれど・・・)
※本を読むなり、人と接する事は、良い事だと思うのだけれど・・・
因みにこの場所は、グリーンを始める前、みなと社会福祉協議会の人の案内で、障害保健福祉センターの担当と、担当が忙し過ぎるから代わりになる今後の未来の福祉を担う若者と、私の母と私で、
精神の人は土日祝日白金高輪のあいはーとがあるから行けるけれど、身体知的・その御家族は障害保健福祉センターが休みだから(巡回バスも出無いし)無い、だからフリースペースを作れないか?探してみる為に、みなと社会福祉協議会の案内で1番最初に視察に来た場所で、いわばグリーン発祥の地の、その前の段階の場所とも言っても過言でない場所だ・・・
まさかここで、縁を又持つとは思わなかった・・・
アレから、5年近くが経とうとしている。
まだ4回目の医療事故は治っていない。
だけど、本当に多くの方と知り合い、多くの方々にお世話になってきた。
そして(知らなかった事を)学ばさせて頂いてきた!!
いらして頂いた、
・本当に久しぶりにお会い出来て、深く話せた方
・いつもの腹心とその旦那様。
・新しい人生の先輩
・優秀でフィジカルも丈夫な男らしい方
・家族
・そして22日の音楽イベントの告知PRをし、この区民協働スペースの使い方を教えて下さった人生の先達者の方々。
皆様に感謝!!
1月~2月、本当に色々あって6月にこういう結果になったけれど、結果上手くいって良かった!!
(もう2度と間一髪やギリギリで乗り越える事はしたくはない・・安定をしたいのに、何故変える?、次々と色々な事が起こる?)
先日、若者の職員へ「モメるぐらいだったら何もやらない方がマシ・だからやらない!!」
と伝えたばかりだ。
だってお金が目的じゃないもの。
本当にマジで!!
経営と福祉運営は違うモノ。
うちは家族で自営をしていたし、家賃と人件費・仕入れてきてモノを加工して売り、純利で稼ぐ事とは、根底的に違うモノ。
社会貢献だもの。
無理して仲違いをしたり、金の為にってのはないし、俺が怒ったらシャレにならないので怒らないの(どうせこんな身体にされちまったし・・・)。
ヤルっつったら必ずヤルから・・・自分と引き換えにでもヤルから・・・






