児童養護施設訪問記事 | IGS-report

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近くの児童養護施設をリストアップし、飛び込みでアポイントを取って、訪問取材を了承して下さった児童養護施設に、大切なお時間を作って頂いたので、菓子折りを持って、取材をしてきました。
先方の長い言葉を全部太字にすると読みづらいので、私の短い言葉を太字にして分別しておきました。
又、施設名は、虐待などを行う親が施設を探し出し乗り込んでくるので伏せさせて頂きます。


先ず、こちらで働かれているボランティアの方についてお聞きしたいのですが。
「ここには様々なボランティアの方が居て、学習ボランティアの方もいれば、ただの話し相手になるボランティアの人も居ます。
職員も1人1人に中々時間が取れない為に、学校から帰って来て、『今日こんな事があってね』なんて話を聞いてあげるだけでも良いのです。
又、休日にボクシングを教えてくれる人や、よその地域のサッカーチームとの対戦、ラグビーを教えてくれる人達、舞台役者の人達が劇をしてくれたり、神奈川県のある大学のボランティアサークルでは、企画・プラン年齢に適応した児童達を集団で公園へ連れて行って、様々なレクリエーションをしてくださったりもして頂いたりしております。
他にも、本やお菓子を寄付してくれる団体もあるし、様々な型での申し出があります。又、クリスマスにはサンタの紛争をして1人1人(全員)に玩具をあげたりしてくださった時は子供達がとても喜びました。しかし実際に他の団体が玩具をあげる時には1人1人にまわらなかったり・・・」


何か困っている事、お手伝い出来る事などはありませんか?
「う~ん、特にこちらからこれをしてくださいというのは、逆に漠然とし過ぎていて、その、急には見付からないのですが、箪笥を動かしたいなど、力仕事などは人手が必要なので、私達も日常の業務がありますし、どうしてもボランティアさんに頼らなければならなく、その為に来て下さる日の日程調整が必要になって動かしたい時期がずれてしまう。
全国からのレクリエーションの企画や支援要請などはあるが、こちらもその企画や、その人の人柄を見させて頂いたりして、選ばさせて頂いております」


情報の告知やPRについては、ネットなどで福祉のコミュニィティなどもあり、効果が期待出来ると思われますがその点は如何でしょう?
「今は、様々なお子様をお預かりしているので、ネットなどで大々的に宣伝PRする事は出来ません、勿論全国にこういう子供達も居る事を伝えては行きたいのですが、写真がNGな子が居たり、会わせてはいけない親が、施設に居る自分の子を見付け出し、無理やり施設内に連れ戻しにくるケースもあるので、どうしても守秘義務というものがある。今はここの施設の卒業生がOBとして、会社の後輩にPRしてくれるとか、ボランティア団体同士の口コミで広がっていったりして、今は口コミで拡げている時期なのです。」


この町にある病院などにポスターを貼るのは如何でしょう?病気の人や病気の家族を持った事がある人は人の痛みが解るし、早期から医療系の学校を目指した医療従事者は心が優しい人が多く、病院近くに住んでいる人が多いから、学園のポスターを作って貼ってみては如何か?
「病院にポスターを配布していく事もアイデアとしては良いが、今、どのようにPRしていくか?で少し考えているので、もう少し考えさせて欲しい。(目が開けたという様に、先方の方の目がキラキラしましたが、少しビビッてまだ効果を空想させられなかったのかな、自身の力不足だったなと私は感じた。ここで名刺代わりに、自身の履歴書を渡し、自分の経歴について軽く話した。)」


私も記者として様々な場所へ行きまして、それで多くの人と出会う事が出来て、凄い勉強になったのですが、例えば宇宙センターの様な公的施設を見学に行ったりするのは将来の為に如何でしょう?
「ああ、そういうのは素晴しいですね。今、色々な職業のボランティアの人達と触れ合う事で、社会の事や様々な職業を、色々な方向から見れる人間になって欲しい、『へ~え、こういう仕事もあるんだ?』とか、択べる事を知って欲しいのです。
今、施設の子供達には、決められた額のお小遣いもあって、高校生くらいになるとアルバイトなどもして、自分で携帯代を払っている子もおりますし、社会へ出る前の経験としてもアルバイトなども奨励しております。又、それを将来の学費にあてる子や、免許を取得する為の資金にする子もおります。
地域を転々とする子もおりますし、そういう子は保険証がありません。『将来、免許証は身分証として役に立つよ』と教えてあるのです。
多くの子は、段々大人になるにつれ、『ここの施設を出た後は、おそらく就職して何処かで働くんだろうな』としか漠然と思わなくて、将来や未来を考える、自分で選択するという事を一切しなくなる。
中学生に将来の夢は?と聞いても『解らない』というだけということがずっと続くのです。」
ずっとというのは永遠にですね。
「はい、そうです。当然、進学も出来るし、仕事だって択べる。
でも、『どこでもいいや』的な子供が多い。現実的過ぎるというか。
だから、労働を体験出来る公的施設やファーストフード店の店員になってハンバーガーを作れるとかなどは、凄く、実際に職業に触れられて子供達は楽しかった様でした。」

私の過去などを織り交ぜながら、先生の話を聞いた後、子供達が生活している部屋を案内して頂きました。

「子供が沢山部屋に居る為、そんなに長い時間見学することは難しい」という要望で施設内を見学。年齢層や性別に分かれた数棟で、子供達は暮らしていた。
一見、普通のアパートやマンションの様な玄関のドア(『将来普通の家に馴染める様にわざとそういう作りにしている。』とのこと)を開けると、本当に、普通の家庭と変わらない作りの広い部屋というか家になっていた。なんていうか、解り易く表現すると、TVアニメに出てくる家の様な、解り易い普通のという感じだろうか。
そこで子供達がドタンバタンと飛びまわり、元気に暮らしていたが、話してみて年齢の割には大人びている印象があった。親と引き離されて暮らすのはそういう事なのかな。


ほんの少しだけ、子供達が写らない部屋の写真を撮らせて頂いて、
すぐに部屋を出てから、色々話しながら、もう少し突っ込んだ所を訊いてみた。
例えば区によっては、福祉に力を入れていて、障害者施設に助成等をしておりますが、ここの収入源、例えば食費や光熱費など、諸々かかるじゃないですか、そういうのは助成があるのですか?
「はい、そういうのは創立者の意思を引き継いで、国の認可を得ておりますので、そのお金や寄付などでまかなっておりますから大丈夫です。」
成る程、あと、ここは教会が近くにありますが?子供達は日曜学校やミサなどには参加するのですか?
「そこは難しい話なんですが、特に教会は関係ありませんとも言えませんが、働いている私達も別にキリスト教ではありませんし、神様はいるかもしれなくて、みたいなものを、宗教の『優しくしなさい』とかの心の部分だけ、上手に引用して話すくらいです。別に強要もしませんし、シスターも手伝ってくださっておりますが、勿論そういう人達の気持ちを傷付ける様な発言を子供がすれば叱りますし、世の中にはこういう人も居るんだと言う事を学んで欲しいくらいで、あとは、クリスマスとかは盛大にパーティなどをしますよ。」
成る程、神様は居るかもしれないけれど、宗教の話し合いで解決する部分とかを引用したり、神様とかだけに頼らず、自分の道を自分の手で切り拓いて欲しいという方針ですね。
「そう、そうです。やはりそうなって欲しいというか、ちゃんと成長して欲しい、思春期の頃に『自分は親が居ないんだ』と、ワルになったり横道に逸れて欲しくないという思いでしょうか、どうしても職員が目の届かない部分や学校で、力関係が出来てしまったりとか、『死角』の部分があるので」
(イジメとかなのかな?と私は思った。)
成る程、目の届かない部分って絶対ありますものね。
「はい、そうなんです、今はそれが悩みで、どうしても目の届かない部分で、職員も不足しておりますし、どうしても1人1人に取ってあげられる時間が何分と決まっていたり、お風呂も好きな時に入れないで時間で管理されている部分なんかもあって、本当はもっと時間どおりだけでなく生活をして欲しいし、見てもあげたいのですが、どうしても集団生活になると、次の人が居るので、ああ次は食事の準備の時間だとか、次の子供を見る時間だとか、そこが可哀想です、ずっと見ている訳にはいかないのが悩みなのです。」

そうですね。見えないところは必ずありますものね。これは私がスタッフで居た交流会時代の経営者達が半年に一回は言う言葉があるのですが、「忙しいとは心を亡くすと書く」と何人もの経営者達が私に言ってきたのを思い出します。

「ああそうですね、確かに・・・(ここで掌に字を書かれて)、良い事を教わりました。こうやって色々な人から様々な事を教わる様に、来て下さる方やボランティアの方にも何かを持ち帰って欲しい、そしてここで見聞きした事を広めて欲しいのです。だから、ここでやるイベントやここでの生活は、養護施設ならではの特権というか、集団生活やここでしか体験出来ない様な、ここに居たからこそ体験出来た様な特別なものにして欲しい。日々の、1日を無駄にしないで欲しいのです」
そうですね。人生は人によって思い出がそれぞれ違いますものね、その思い出を大切にして欲しいですね。


その後、園長先生を紹介して頂き、
「今日様々な事をお聞ききして、自分には想像も付かなかった世界があった事、それを多くの人と、きちんと煮詰めてから、又来ます」とご挨拶して参りました。

今回取材をして、自分には知らない世界があって、あまりにもリアルな感じやヒリツク様な空気感と施設の人の「子供達がここでの1日を無駄にして欲しくない」という言葉が、もう2度と返ってこない1日1日を大切にしたいという今の私の思いと重なった。
部屋でドタンバタンと飛びまわって遊ぶ子供達を見た時、私の中で子供に対する思いが何か変わった。元々、隙が多いからなのか子供は何故か寄って来るのだが、遊んではあげるけれど、元来、どう接して良いか解らなかったが、翌日からもっと、子供を近くに感ずる・より1人の人間として感じれる様に自身の中が変わった気がした。後日「ボランティアをしたい」と言っている知人に「それだけでも、収穫だったと思うし、勉強になったんじゃない?」と言って頂いた。(その後、その知人は実際にボランティアをされた。)

あと、様々なボランティアサークルの様に、お金がなくてもやる人間はやるんだなと思った。ここの施設のケースだけかもしれないが、全国からお金や物や本・お菓子は集まってくるけれど、実際に共に汗水垂らして働いてくれる人は少ないという。環境番組や哀しいドキュメンタリー番組を見て、エコやボランティアをした気にならない様に、取材をし、ここに書いて読んだだけで「ああ、ボランティアをしたあ~」と、ボランティアをした気になってしまわぬ様に注意しなければ。